第1話 異なる視点
丸々と太った我が子が、5人がかりで担ぎ上げられて食事場から運び出されるのを見終えたあと、私はほっと一息ついた。
私の名はフォールウェザー・カイニス。
このエルサネイア王国の公爵であり、『秋』の名を王より賜っている家の当主である。
我が家は代々受け継がれた名門であり、子供達は皆貴族や優れた魔法使いとして名をとどろかせている。
……だが、時に才能の無い者が産まれてしまうこともあるのだ。
私は先程、目の前にどすどすと音を立てて歩いてきた恥知らずの事を思い返していた。
フォールウェザー・ローグ。
私の息子の1人にして、まるで才能の無い役たたず。
だが無能ならまだ良かったと思う。
このローグは、金を勝手に持ち出し、フォールウェザーの名を使って女共を誑かしまくっていたのだ。
はっきり言ってクズだ。
私達も曲がりなりに貴族であり、多少汚い事をする時もある。
だが奴は堂々とその権力を振りかざして、しかもそれを反省すらしない。
そして何より、全く魔法の才能がなかった。
そこら辺の孤児どもの方がまだ、魔法を使えるのではないかと思う程に才能が無いのだからどうしたものか。
……最も、あいつも最初からこんな太ったクズだったわけじゃない。
あいつが変わってしまったのは、確かやつの『原石』を調べた時からだったか……。
『愚者』
その事を聞いた時、私は耳を疑った。
そんな『原石』の形、聞いたことがなかったからだ。
『原石』には基本的な属性の名が付くことが大半だ。
例えば、『炎の原石』ならば炎属性の魔力、『暗黒の原石』なら通常の闇より強い闇属性などだ。
だがローグの原石は『愚者』。
属性の表示がされなかったのはこの1000年間、一度たりともあった事が無いのだから、前代未聞でしか無かった。
そしてこの前代未聞の能力というのはこのフォールウェザー家にとって切り札になる。
私はそう考えたのだ。
数十年ほど前から魔族と人間が親密になったのだが、それをよく思わないプロビデア法国と、アルカナム帝国の連合国の動きが怪しくなってきている。
きっと近々戦争になる事は確実だ。
その時に武功をあげれば、より我が家の名声を轟かせる事になるだろう。
そのための切札としてローグを育てる事にしたのだ。
だが、現実はそう上手く行かなかった。
自分が特別だと理解したローグは、傲慢になり、才能を全く磨かなくなってしまったのだ。
魔力というのは、『原石』を鍛える事で増幅する。
そしてその量が多ければ多いほど、より強い魔法の付いた杖を使えるのだが、奴はそれをサボったのだ。
「大丈夫、俺、強くなれるからさ」
そう言ってもう5年だぞ?!
もう私の堪忍袋の緒は切れたのだ。
だがそれだけで、ローグを切り捨てたわけじゃない。
ローグには双子の兄弟がいるのだ。
名をエース。
あの子は、はっきり言ってあまり才能に恵まれた子とは言えなかった。
でも去年、『無名の原石』が『四元素の原石』に覚醒したのだ!!
1人ひとつ、多くても2つしか『原石』の属性は持てないはずなのにあの子は4つである。
その瞬間、ローグは本当に要らなくなった。
エースは努力家だし、人格者だ。
学院でも人気が高く、背も高いし貴族や女子生徒からの人気も高い。
才能に溺れず、ひたむきに頑張ってきたあの子を私は切札にすると決めたのだ。
……そして運のいい事に先日、あの子の才能を見た皇女殿下が我が家に直接訪問に来ることになったのだ。
これはまたとない機会であった。
だがやはり問題になるのは、ローグだ。
邪魔すぎる。
太ったクズとして学院に名をとどろかせているローグだが、幸いにも彼の悪名は金で誤魔化して外の貴族には知られないようにしている。
なので王室の人々にあの姿を知られるのはまずい。
そして私はやつを無人島へと追放することにした。
夏季休暇と銘打って無人島に修行に行き、そこでたまたま魔物に襲われて死んだ。
こうすればローグという邪魔を消せる。
毒殺なども考えたのだが、どうにもローグには毒が効かないのだ。
魔法で消そうとするのは容易いが、あいつの『愚者』の原石がどんな効果を持っているのか分からない以上リスクを取るよりは無人島で死んでもらった方が万が一の時も安心だからな。
「全く、兄弟でどうしてここまで才能の差が出来てしまったのやら。……悪く思うなよローグ……それにしても、『愚者』の原石は結局なんだったのだろうな……まぁ文字通り愚か者になると言う事だろう。アイツのようにな」
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僕の名はフォールウェザー・エースと言います。
名門フォールウェザー家の次男、あ、でも明日から長男になるんです!
僕には兄がいます。
と言っても年は同じです、双子ですから。
とっても出来損ないのクズな兄ですけどね。
兄はよく女の人をベッドに縛り付けて、嫌がらせをしていたらしいです。酷いことです。
僕と違って太っていて、僕と違ってブサイクで、僕と違って魔法の才能が無い無能な癖に、人に対して嫌がらせをするのが大好きなゴミ人間でした。
でも兄は特別な才能があると父も母も言っていました。
そんなわけなかったのですけど。
というよりあんなクソ野郎に才能なんてある訳ないってずっと訴えてたのに今更ですよ?
全く父も母もどんくさいんですから。
ま、僕は違いますけどね。
明日あのゴミ野郎は出荷されます。
全然悲しく無いですし、むしろ消えてくれてとっても嬉しいですね。
というか当然です。
僕が貰うべきだった愛も、財も全て奪っていったんですから、それ相応の報いを受けるべきです。
あー、明日が楽しみだなぁ……!!
……そう言えば『愚者』の原石ってなんだったんだろう?
ま、あのカス野郎のものなんて所詮ゴミだろうし気にしなくていっか!
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私の名前はバトラと申します。
このフォールウェザー家の執事として長年使えてきました。
その上であのローグとかいうクソ野郎は死んで欲しいと何度も思いましたぞ。
正直自分で殺してやろうかと何度も思ったのですが、それはやめておけと当主様に言われてしまったものです。
嗚呼、毎日がストレス!!
たっぷりあった黒髪は、もう全て真っ白になり、顔はしかめっ面がデフォルトになってしまったのですよ?
そんなにストレスなら辞めれば良い?
まさか、金払いの良いこの職を今更辞めたくはありませんなぁ。
既に私も良い年ですし、新たな職なんて探して見つかるわけが無いのですぞ。
私がもう少し若ければ……、この仕事をやめて新たな職をしたというのに!!
全く世の中はジジイに厳しいですなぁ……。
ですがそんなストレスの日々はもう終わりです。
なぜなら今日、あのローグは無人島で死ぬのですから!!
正直年甲斐もなくワクワクしていますな。
あの太ったブタクズカス野郎がどんな悲痛な叫びを上げて泣きじゃくるのか、楽しみで仕方ないのですぞ。
そして先程、ついにあのブタは無人島に置き去りにされました。
私も別れを告げてスッキリですぞ。
15年間の重荷がようやく消えたことで私は飛び跳ね、それから剣を置いてきてしまったことに気が付きました。
「……ふん、まぁ良いですな。どうせあのブタに剣は振れれませぬでしょうし。ぁぁ、でも苦しまずに死ねる方法を残してしまったのは失敗でしたかな」
とはいえあの島に行くのはもう勘弁して欲しいものです。
あそこは無人島と言われていますが、実際は島全体がダンジョンなのですぞ。
『ダンジョン』
魔物が溢れて人を飲み込む悪の巣窟。
勿論あの島の周りも全部がダンジョンという素晴らしい牢獄なのです。
とはいえ一応生きている可能性もある事を加味し、1ヶ月後ぐらいに見に行って亡骸を踏みつけにでも行ってやりますかな。
「ざまぁみろですぞ!!あの愚か者め!死んで詫びろ!!」
さてと、それではエース様の執事としての役目をこれから果たさねば。
全く、ローグに比べてエース様の多彩な事。
双子なのにあんなにも違うとは、いやはや運命というのは残酷なものですなぁ。
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こういう形で複数の視点から進んでいきます。
さて、この主人公を切り捨てた彼らが迎える未来は果たしてどうなるのか?
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