【200PV感謝!!】マスカレード・フォー
ツラレタクマ
プロローグ
唐突にコピー機の駆動音が響いた。
──ガガッ。ガガッ。ガーッ。
一定のリズムを刻むコピー機を、彼は眼鏡の奥から覗く視線を細めて見やる。
(いつ以来だろうか。こうして表の世界に出てくるのは)
すっかり手が鈍っているのが分かる。
コピー機を操作する動作さえ、彼自身もぎこちなく感じていた。
表向きには業界復帰。だが、内心では『逃げ場を失っただけ』という思いもあったかもしれない。
壁に掛けられた時計の針が午後二時を指す。
窓の外では、蒸し暑そうな陽がアスファルトを焼いている。
梅雨の合間の晴れ間は妙に眩しく、地面の向こうで陽炎が揺れていた。
まるで『ここはお前が戻ってくる場所じゃない』と言われているような気がして、彼は軽くため息を吐いた。
卓上の内線が一度だけ短く鳴る。
彼が受話器を取ると、
「やぁ、届いたか? ウチの候補生の履歴書だ」
しわがれた、冷ややかな声が耳を打った。
「はい社長。しかし、これは一体?」
「お前が見るべき案件を用意した」
彼はコピー機から吐き出された紙を見下ろす。
A4サイズの紙が三枚。
どれもくたびれた字で書かれた履歴書で、印字の滲みがひどい。
恐らく何度も使い回されたテンプレートのコピーだろう。
彼は早速、履歴書に目を通した。
生年月日。身長。3サイズ。
志望動機。趣味。特技。
等々、自社テンプレートに沿った項目に、それぞれ情報が書かれている。
そして、どれもこれも余白には……
『無表情すぎる』『感情が伝わらない』。
『極度のあがり症』『舞台上で動けなくなる傾向あり』『要カウンセリング』。
『理屈優先』『他責思考』『協調性に難あり』。
概ね『こんな子達がどうやってアイドルになれるんだ?』という、致命的な欠点が赤ペンで描き殴られている。
「それにしても、随分と厳しい評価ですね」
「ご覧の通り全員落ちこぼれだ。現場のレッスン担当から、『もう面倒見きれん』と匙を投げられているんだよ。契約解除……とも思ったが、最後にお前を思い出してな」
「そんな子達をどうして俺に?」
彼は思わず口をついて出たその問いに、少しだけ胸騒ぎを覚えていた。
(話が違う……)
(俺がプロデューサーから離れてどれくらい経った? この数年間、まともな仕事はしていないんだぞ)
(そんな俺にやれと言うのか? 出来るのか⁉︎)
彼が何も言葉を発せないでいると、電話の向こうから急かすように言葉が鳴る。
「『
裏面。
表のインパクトに押されて、彼はまだ履歴書の裏面に目を通していない事に気がついた。
ペラリとそれぞれめくってみる。
「偶然かもしれんがな。きっとお前にとって、懐かしい気分になるだろう」
社長のその言葉は、『嘘』ではなかった。
裏面もまた、自社テンプレートに沿った項目が並んでいる。
その一番上の項目。『憧れているアイドル』。
他の項目はバラバラだったのに、その項目だけは、二枚目も三枚目も一致していたのだ。
『Mio♪さん』。
彼は一度だけ瞬きをすると同時に、心中に「恐怖」とも「希望」ととれる感情が広がるのを感じた。
そのアイドルは、伝説だった。
十年程前。彗星の様にデビューし、恒星の様に輝き……そして線香花火の如く、あっさりと消えた名。
他にも星の数程アイドルがいる中で、何故この名前が記載されているのかは分からない。
既に世間から忘れ去られたアイドルの名。
その名を、三人の少女が同時に憧れとして書いていた。
(偶然か? それとも、必然……)
だとすればこれは『夢の続き』を追う者たちの意思か。
「どうだ」
しばしの沈黙のあと、如月は静かに口を開いた。
「……引き受けましょう」
声は小さく、だがはっきりとしていた。
口調はあくまで淡々としていた。だがその声の奥に、ごく僅かに熱が混じっていたことに、その時は自分自身すら気付いていなかった。
「うむ。お前ならそう言ってくれると思っていたよ」
それは決意ではない。
約束でもない。
(名前だけじゃない。あの時の光景も、歌声も、全部まだ胸に残ってる)
ただ、彼の心のどこかに眠っていた、あの人の声が、ふと目を覚ました気がしただけだ。
(それが……君の夢なら)
まるで、胸の奥に長い間しまっていた夢が、ほんの少し、軋む音を立てたような気がした。
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