最後に伝えたかった言葉

変わりゆく季節のなかで


春の陽射しが、穏やかな午後のテラス席をふんわりと包み込んでいた。

桜の花は散り際で、テーブルの端に一枚、風に乗ってひらりと舞い落ちる。

そんな優しい景色のなかで、金田啓太は白いカップに手を添えながら、目の前に座る恵の横顔をじっと見つめていた。


「……ごめん、急に呼び出して」


どこかぎこちない声。自分でも、それに気づいていた。


「いえ、大丈夫です。啓太さんが呼んでくれたなら、私はそれだけで嬉しいです」


恵はにこりと微笑み、ほんのり熱を帯びたカフェラテに口をつけた。


(優しいな……やっぱり)


啓太は一呼吸置いて、テーブルの縁を指でなぞるようにしてから、ゆっくりと口を開いた。


「恵さんと出会ってから……なんだか、自分が少しずつ変わってきてる気がしてるんです」


「え?」


驚いたように、恵がまっすぐこちらを見た。その瞳の奥に、静かな好奇心が揺れている。


「最初はただ……驚いたんです。元嫁のことに本気で怒ってくれたこと。仕事に真剣に向き合ってる姿。全部、意外だった。でも……それが、少しずつ心に残って……」


恵は、そっと視線を落とした。恥ずかしそうに、カップの縁を見つめている。


「……自分のことを本気で思ってくれる人なんて、しばらくいなかったから。あの時、俺……本当に救われたんですよ」


言葉を選ぶように、ゆっくりと啓太は続ける。


「俺、ずっと“正しく”生きてるつもりでした。仕事を第一にして、家族のために稼いで……でもそれが、誰かを犠牲にしてたって、最近ようやく気づいたんです」


啓太はふっと笑う。自嘲にも似た、どこかあたたかい笑みだった。


「……これからは、“正しさ”より“優しさ”を選びたいと思った。仕事も大事だけど、それと同じくらい、誰かと向き合う時間も、大事にしたいって」


そして、恵をまっすぐ見つめて言った。


「恵さん。……俺、あなたが好きです」


その一言で、空気がふっと変わった。風が枝葉をゆらし、陽が一層まばゆく差し込む。


恵は唇を少し震わせてから、笑顔を見せた。


「……ありがとう、啓太さん。すごく嬉しいです」


その笑顔は、これまで啓太が見てきたどの微笑みよりも、あたたかく、そして少し泣きそうだった。


「でも……ひとつ、聞いてもいいですか?」


「うん?」


「……あのプロジェクト。断ろうとしてますよね?」


啓太は目を丸くした。


「……なんでわかったんですか」


「なんとなく、です。でも……やっぱり、それは受けてほしいです」


「え……でも、海外行くことになるかもしれないんだよ?」


「いいんです。啓太さんが“自分のために”選んだことなら、私はちゃんと待てますから」


恵の瞳は強く、そして優しかった。


「……そっか。ありがとう。……行ってくるよ、ちゃんと成長して、帰ってくるから」



半年後──再会の扉


夕暮れの街。

陽が落ちかけ、ネオンが街の輪郭をゆっくりと照らしはじめていた。


スーツ姿の啓太が足を止めたのは、あの日と同じ店の前だった。



(約束……ちゃんと、果たしに来たぞ)


そう心の中で呟いて、ドアノブに手をかける。


「カランカラン……」


「お帰りなさいませ、ご主人様♡」


元気な声が店内に響く。

その声の中に、ひとつだけ――聞き慣れたトーンが混ざっていた。


「……啓太さんっ!?」


振り返ったメイド姿の恵が、驚愕に目を見開き、思わず持っていたトレイを取り落としそうになる。


「……え、なんで……」


「内緒で来たかったんだよ。あの時の約束、ちゃんと果たしたくて」


恵は唇をかみ、ぽろりと涙を浮かべた。


「……ばか。……ほんと、ばか」


でもその言葉にこめられた想いは、確かに“嬉しい”だった。



---


🕊 そして夜──ふたりの場所へ


「改めて……おかえりなさい」


夜の静かな玄関。

ドアを開けると、そこには私服姿の恵が、少しだけ背伸びして立っていた。


「ただいま」


二人の間に言葉はいらなかった。

自然と腕が伸び、あたたかなぬくもりを確かめるように、そっと抱きしめ合った。


これまでの苦しみも、孤独も、迷いも――

今はすべて、未来への一歩を踏み出すための時間だったと、そう思えた。


そして今、やっと心から信じられる。


「大切な人と一緒にいることが、いちばん幸せなんだ」と。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コンカフェ恋愛 えいじ @EIJI121828

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説