未知の冷菓

王都ダカラナニの夏は暑い。ここ数日、灼熱というよりも、ちょっとイラッとくる程度にじわじわと不快な暑さが続く。それがまた腹立たしい。


「服、脱ぎたい⋯⋯」


小さく文句をこぼしながら、王都の市場通りを歩いていた。日傘を差すほど目立ちたくはないし、団扇をパタパタさせる気力も出ない。


商人たちは元気に売り声を上げてあるが、それは商魂と根性が成せる業。一般市民は皆、影を求めて壁際を歩いている。魔族の私も例外ではない。


そんなときだった。視界の端に、長蛇の列が飛び込んできたのは。


「⋯⋯かき氷?」


小さな屋台。その看板には「かき氷キンちゃん」とでかでかく書かれている。名前のセンスは壊滅的だが、行列がその屋台の人気っぷりを表現していた。


「これは調査が必要」


スパイとしての本能が警鐘を鳴らした。あるいは、食べたいという本能に従った結果かもしれない。




三十分後。頭にハチマキを巻いた店主が、氷の山とにらめっこしながら注文を聞いてきた。


「一番人気のやつを」


「へい、ブルーハワイ! 追い練乳のせ!」


言うが早いか、勢いよく氷が削られ、青い液体と白い液体が交互にかけられていく。何もかもが謎だが、とりあえず色は鮮やか。容器に盛られたそれは、まさに夏の爆弾のようなビジュアルであった。


「はいよ、お代ひとつ」


お金を払ってかき氷を受け取る。器の下から指先を奪われそうになるほどの冷気。それでも、意を決して一口。


「ん⋯⋯!」


脳が、フリーズした。冷たい。とにかく冷たい。けれど、甘くて、さわやかで、すぐにもう一口を求めてしまう。口に含んで数秒、身体の奥底から、なにかが浄化されるような気分になる。


「これは⋯⋯麻薬?」


いや違う。ちゃんとした氷菓子だ。ただ、依存性が高すぎる。気づけば、無心で氷をかき込んでいた。


五口、六口、七口⎯⎯ふと我に返ったときには、すでに器は空になっていた。


氷という名の時間泥棒。身体の芯に冷気が残り、同時に妙な充足感が広がっていること以外何も思い出せない。これがキンちゃんの魔力⋯⋯恐るべし。


◆極秘情報No.015

『未知の冷菓“かき氷”に潜む異常な嗜癖性』

「冷たい」「きれい」など説明が感覚的で味の具体性がない。

→視覚による味覚誘導は、強力な洗脳手段になり得る。


報告書をまとめたので、ルナは急ぎ足で宿に帰る。今日はもう外に出たくない。明日は何を調査しようかと考えながら、私は眠りについた。




次の日、私は朝からお腹を下した。


「ブルーハワイ、絶対に毒混ざってる⋯⋯!」


魔族でも負ける冷たさだった。

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