第7話「文化がない? なら作ればいいじゃないか」

 ことの発端は、朝の会議だった。


「フェルネ村に“文化祭”を開く余裕なんてあるんですか?」


 ティナが眉をひそめる。その隣で、アリシアも小さくうなずいていた。


「レオン様。私たち、まだ水路の分岐が終わっていませんし、来月には種芋の仕入れも……」


 うん。ごもっとも。


 でもな、俺にはこの村に決定的に足りないと思ってるものがある。


「“文化”だよ。俺たち、ずっと生活基盤の整備ばっかりやってきたけど、

 “この村らしさ”って、まだ何もないじゃないか」


 ここフェルネ村は、物資は届かず、娯楽も祭りもない。

 あったのは、崩れかけた納屋と、寂しい市場跡だけ。


 でも──それって、“心が乾いていく”ってことでもある。


 Excelでも業務改善でも限界はある。

 最後に人を動かすのは、「気持ち」だ。


 だから、俺は言った。


「“文化祭”じゃなくてもいい。何か、村人が笑顔になれる“催し”を考えよう」


 その提案が、村に小さな火を灯した。


 まず始めたのは「村民意見収集」だった。


 アリシアと一緒に、各家庭を回って簡単なアンケートを取る。


「好きな食べ物は?」「子どもたちが喜ぶことは?」「過去に祭りってありましたか?」


 返ってきたのは……


「若い頃は、収穫のあとに歌を歌ってたよ」

「昔は“手工芸の市”があった。木彫りの鳥とか、よく売れた」

「子どもが集まる場所がないんだよな。みんな畑で忙しいから」


 ……よし、材料は出そろった!


 そして俺は、ホワイトボード(代用:白く塗った板)に書き出す。


「フェルネ村 “わくわく感謝デー”計画」


 目標:文化を作る

 目的:心の豊かさと村の団結

 日程:2週間後、日曜日

 予算:できるだけゼロ

 出し物案:

 ・収穫した野菜の即売会

 ・村人による手工芸品展示

 ・子どもたちの劇「勇者アントンと3つのパン」

 ・お茶会&パン試食会(ティナ&ベーカーズ)

 ・アリシアのリュート演奏(半強制)


「……誰が“半強制”って書いたんですかっ」


「書いたけど、言ってない」


 そこからの村の動きは、見事だった。


 子どもたちは、劇の練習で「魔王ごっこ」に夢中になり、

 農家のおばちゃんたちは、押し入れの奥から木彫りや織物を引っ張り出してきた。


「昔、戦争のあとに作った人形なのよ」

「この布、羊の毛から紡いだの。あの頃はねぇ……」


 ティナはお茶会の会場設営でテーブルクロスを整え、アリシアはリュートの弦を何度も張り替える。


「……不思議ね。村が、なんだか“村”になってきたみたい」


 アリシアのその言葉が、俺の胸に深く響いた。


 そして、祭り当日。


 朝から、村人が集まってくる。

 子どもたちは手作りの旗を振り、老人たちは手を取り合って談笑していた。


「おおー! にぎやかだな!」


「レオン様、見てください! パンも“3種盛り”にしました!」


 試食コーナーのパンは、なんと“クルミ入り”“ハーブ入り”“焦げあり(失敗作)”の3本立て。

 でも失敗作にもちゃんと列ができてるのが、フェルネ村らしい。


 子どもたちの劇が始まる。


「われこそは、まおうだぁぁぁ!!」

「ちがう! パンをかえせ! この魔王パン泥棒ぉぉ!」


 手作りの段ボール剣と、布のマント。

 それでも、拍手と歓声は村中に響き渡った。


 ベンチで観ていたティナが、ふとつぶやく。


「こういうの、王都ではもう見られないわね……」


「貴族のパーティじゃこうはいかない?」


「ええ。あれは“見せる場”。でも、これは“笑う場”。全然違うわ」


 夕方には、アリシアのリュート演奏。

 夕焼けの中で奏でられる旋律は、どこか懐かしく、そして温かかった。


 みんなが静かに聴いていた。

 子どもも、大人も、笑っていた。


 その光景を見て、俺は思った。


(この村は──きっと、ちゃんと育ってる)


 夜、片づけを終えたあと。

 アリシアとティナが並んで座っていた。


「今日は、楽しかったですね」


「うん。……あれ? アリシア、ちょっと泣いてる?」


「いえ、ちょっと、砂が……」


「ぜったい嘘だ」


「……本当に、楽しかったんです。ありがとうございました、レオン様」


「ありがとって……」


「“文化”って、こんなに人を笑顔にするんですね」


 その夜、俺は久しぶりに日記を開いた。

 古びたノートに、“業務記録”の名を借りた備忘録を。


・感謝デー成功。

・文化は投資価値あり。

・人はパンだけじゃなく、“心”でも動く。

・あと、アリシアの演奏はガチ泣き案件。

・来年は“焼きそば屋台”導入検討。


(焼きそば、作れるかわからんけどな……)


 そんなくだらないことを考えながら、俺は久々に心から笑った。

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