第6話「元貴族がやってきた! 村の人材、増えました」

 フェルネ村に、ひとりの“転入者”がやってきた。

 その名は──


「レオン様! 東門に、とんでもない格好のお嬢様が……!」


 村人の報告で駆けつけると、いた。


 白いドレスに金の髪、日傘を差し、優雅に馬から降り立った少女。

 その背後には、やたら荷物の多い馬車と、使用人らしき中年男。


「……えーと、観光ですか? それとも……迷子?」


「失礼ね。私は正真正銘、“ここに住む”ために来たのよ」


 少女はすっと顎を上げて名乗った。


「私はティナ・フォン・リーデル。元リーデル男爵家の令嬢よ」


(元!?)


 詳しく話を聞くとこうだ。


・ティナ嬢は、王都南部の中堅貴族の出身

・だが、政争に巻き込まれて家が没落

・領地も財産も剥奪され、唯一残った親戚がこの村の近くにいた

・「働かざる者住むべからず」の方針により、転入には働く意志が必要


「……つまり、働く覚悟はある?」


「もちろんよ。私は“有能な令嬢”なんだから」


「どのへんが?」


「書類整理、予算管理、宴会の席次表作成、貴族間交渉、社交ダンス、それから──お茶淹れるのめちゃくちゃ早いわよ?」


(……これ、地味に有能じゃね?)


 かくして、元貴族ティナ嬢は“内政補佐見習い”として村に採用された。


「さあ! 書類をお持ちなさい! 手書きでも分類しますわ!」


 彼女は華奢な見た目に反して、作業量がすごかった。

 俺が散らかした畑スケジュールと工事進捗表を、色分け&索引付きでまとめ始める。


「おいおい、ここExcelじゃねーぞ……」


「Excel? その魔導具、興味あるわ。説明してちょうだい」


「Excelとは、文明と混沌の狭間に生まれし魂の書式管理ツールで──」


「……ちょっとテンションおかしいわよ、レオン」


 ティナが来てから、村は少しずつ“事務仕事”が進むようになった。


 たとえば、


農具貸出リスト → 倉庫に管理表設置


村人スキル一覧 → 年齢・持病・得意不得意まで反映


会議議事録 → アリシアが清書、ティナが編纂


 気づけば村の事務フローは“ほぼ人力グループウェア”状態になっていた。


(俺が中間管理職だった頃より整理されてるぞ……)


 とはいえ、問題もあった。


 ティナ嬢、気が強い。

 村人の中には、「貴族が働くなんておかしい」とざわつく声もあったし、ティナの物言いもややキツい。


「……“庶民感覚”が足りないって言われたわ」


 夕暮れ、ちょっと落ち込んだ様子のティナを見て、俺は笑った。


「そりゃ貴族だもんな。でも、ちゃんと働いてる。それで十分だ」


「……ありがとう。でもレオン、あなたも異世界人よね?」


「は?」


「あ、ごめんなさい。“異質な考え方をする人”って意味よ」


「びっくりしたぁー!」


(いやまあ、本質的には合ってるけど)


 その夜、村では“歓迎の茶会”が開かれた。

 ティナが持参した紅茶は香り高く、村の女たちも思わずほほを緩める。


「レオン様、この茶器、高級品です! 飲んでみても……?」


「ふむ……! これが“異世界ミルクティー”……!」


「異世界じゃないわよ、ここ」


「いや、俺にとってはある意味異世界だから」


 ティナも村人たちも笑った。


(いいね、この空気。これぞチーム)


 翌朝、俺は新しく整備された村人管理表に、“ティナ”の項目を追加した。


 ■ティナ・フォン・リーデル

  ・特技:書類整理、財務管理、超お茶早い

  ・性格:ツン寄り、でも素直

  ・弱点:庶民慣れしてない

  ・備考:将来、重宝される予感


(この村、だんだん“会社”っぽくなってきたな……)


 でも今回は“ブラック”にはしないと、俺は固く誓っている。


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