妖精のわたしが氷の第二王子に飼われながらメイドのフリして後宮に潜むスゲー怖いバケモンと戦うまでの話
きなかぼちゃん
第1話 族滅!(王子暗殺未遂につき)
王子を暗殺しようとしたバカがいるらしい。
そしてそのバカはわたしたちの一族らしい。
連帯責任で一族全員処刑されるらしい。
Q.E.D. わたしの人生終わりだよ。
…………。
「ということで」
「……ということで?」
「はい、私たちはもうおしまいでーす。リラ、今までお疲れさまでした。ということで、みんなで仲良く死にましょうね」
「嫌ですけど!?」
ということでじゃないんだよおお!
彼女は後ずさりした。
突然の死を
彼女はさらに後ずさりした。
ニコ! と笑いかけながら、ヤバい女はさらに一歩踏み出した。
Q.この子はどうして逃げないのでしょうか?
A.このヤバい女は女王様で、後ずさりしているこの子は側近だからです。
「大丈夫、怖くなーい、怖くなーい……」
「子供をあやすみたいに殺そうとしないで!?」
「リラ、落ち着いて。チクっとするだけだから。ね?」
「予防注射のノリで安楽死させようとするな!?」
「嫌ですか?」
「嫌ですけど!? 言うの二回目ですけど!?」
「そうですよね。嫌ですよね」
「急にまともになるな!?」
「冗談なのに……」
ヤバい女はしゅんと拗ねたような顔をした。
少女は心の中でめそめそと泣いた。
どれだけ子供っぽくいたずらっぽい仕草をしようとも、このヤバい女は女王様であり、身長2メートル越えのデカ女であることは何も変わらないのである。
このヤバデカ女に、せめて外見と立場に合わせた冗談を言ってほしいと少女はいつも願ってやまない。
「リラ、ところで予防注射って何ですか?」
「わたしが新しく考えた妖精語です」
「リラってやっぱり面白いわね」
「面白いのは女王様だけです」
「怒ってる?」
「怒ってないです」
「怒ってるでしょ」
「怒ってないですったら!」
「えー、リラ怖い……」
鏡を見て言ってほしい。
少女は閉口した。
※
一転、まじめな話に戻る。
「わたしが、王宮に?」
あっけにとられたように聞き返して、リラは背中に生えた4枚の透明な羽を震わせた。
リラは人の手のひらにすっぽりと収まってしまうくらいの大きさしかない、内側にくるりとした藍色の髪が目立つ少女である。
「はい」
「わたしが~? 王宮に~?」
リラはふざけてみることにした。
今度は大げさに首を傾げながら、できるだけユーモラスにあんぐりと口を開けて語尾を伸ばしてみる。
やっぱりリラはちょっぴり怒っていた。
「リラ、何度聞き返しても結果は変わりませんよ」
「さいですか……」
軽く咎められ、リラは諦めてふざけるのをやめ佇まいを正した。
むっとしても偉い人には逆らえない。世知辛い世の中だった。
女王はゆったりとしたドレスを纏い、黄金の仗を携えている。
銀のティアラから流れる艶やかな長髪は金糸のごとく、纏う七色に柔らかく変化するドレスの裾に触れそうなほどに長い。
見た目は人の女と変わらないが、その背中にはリラと同じ透き通った4枚羽を背負っていることから、その正体は人ではないと簡単に知れる。
女王は、たおやかな微笑みを崩さない。
ふたりは
「今回の致命的な失態によって、もはや人前に出せる妖精はあなただけだと私は判断しました。リラ、貴女もわかっているでしょうけど、妖精は我々を除いて基本的にみんなバカなので」
「そこは純粋くらいにしておいてもらえませんか、女王様……」
リラが相対しているのはその羽妖精の女王たる存在である。
あたりまえだが、女王がバカという言葉を使うのはあんまり良くない。
「リラ、純粋というのは良い意味ではありませんよ。むしろバカと言うよりも、よほど冷酷な刃なのではありませんか?」
女王はまるで子供に言い聞かせるように、あくまで穏やかな語調を崩さないまま囁く。
冗談が好きなだけあって、遠回しな皮肉にも敏感である。女王は常に理不尽だった。
「それは、そうかもしれませんが……」
事実、その通りだ。
羽が生えた少女型小人の姿を取る羽妖精は、愛らしい見た目に反してその純粋さで人を殺す。
人間の少年に恋して拒絶された羽妖精が少年を壺に変えて湖の底に沈めただの、あるいは嫉妬して少年の思い人たる少女をりんごに変えて当の少年に食べさせただの。
そんな地獄めいた話が、酒場で吟遊詩人が一席設ける際の鉄板であるという。
悲しいことにそれはおおむね事実であることをリラは知っている。
「もしかしてわたしたちって、滅びたほうが世の中のためなのかも……?」なんて破滅的な考えがリラの頭をよぎったことも両手の指の数ではきかない。
リラは、羽妖精の中では変わり者だった。
理由はシンプルで、まったく別の世界でかつて生きていた記憶があるからだった。
ありていに言えば、前世の記憶がある。しかもその時は人間だった。
ゆえにリラが生まれながらに人間寄りの思想に偏るのは仕方のないことだった。
そしてその思想が「人間に寄り添って生きましょうね」という、羽妖精の女王アルストロメリアの方針とたまたま共鳴したため、こうして彼女の側近のような立場になっている。
だが、この森に暮らす羽妖精の中で、最もこの世界の人間について熟知しているのは女王自身である。
リラは前世の記憶があるとはいえ、まだ発生して5年足らずの若い羽妖精だから、王都など、ましてや王宮なんて行ったことも見たこともない。
だから、おずおずと手を上げながらリラは発言した。
「えっと……
領地を親兄弟や、信頼できる家臣団に任せて当主自ら王宮に登るケースはあるにはある。
女王はリラの提案をまるで予期していたかのように、にっこりと笑った。
「私がこの森からいなくなったら誰があのバカどもを抑えられると言うのです? 抑えもなしに奴らが森の外に解き放たれたら、それこそ我々は王都正規軍に森ごと焼かれて滅亡しますよ。それともあなたが代わりに今ここで妖精伯を襲名してみますか?」
「そうですね……それは女王様以外には無理ですね……」
リラは詰められてあえなく撃沈した。
女王は常に笑みを絶やさないが、その一方で虫の居所が悪いと平気でリラに対し愚痴めいた正論パンチを繰り出すので、こうなった場合はとにかく首を縦に振るしか方法がない。
ルミンディア王国東端に位置する
ちなみにこの妖精柏領の中で、まともに理性的な会話ができる羽妖精は女王とリラだけである(女王が笑えない冗談を言いまくっているのは別として)。他の妖精は遊ぶことしか考えていないし、もちろん仕事など何もしていない。好きにその日を刹那的に生きているだけだった。
ただ、羽妖精というのは大気に漂う魔素さえ摂取していればいくらでも生き続けられる完全生物なので、別に何もしなくても問題はなかったりする。
むしろ何もするな!!
森の中にいろ!!
殺すな!! 人間を!!
リラの心の叫びである。
人間に寄り添って生きる、というのはただの女王の願望である。
悲しいことにまるで実現してないけれど。
妖精というのは、より世界に認知されることでその勢力を拡大する性質を持つ。
逆に世界に忘れ去られれば、妖精は種族ごと大気に漂う魔素の塵に還る。
誰から教えられるわけでもない。
全ての妖精たちは生存本能としてそれを知っている。
だからこそ羽妖精たちもまた、効率よくこの世界で最も繁栄している種族人間に認知されるよう進化してきた。
その結果誕生したのは、“認知=とにかく派手に目立つ”という頭の悪い思考回路で人間に対して洒落にならない悪戯を繰り返すバカの集団である。
かつては悪戯を超えて「あっ人間と遊んでたら間違えて殺しちゃった! てへぺろ☆」なんていうことも珍しくなかったという。
だからこそ今、女王とリラは羽妖精たちに対して「面白がって人間を殺してはいけない」と教育しており、昔よりはマシになったが、それでもたまに空前絶後のバカが現れる。
ここで、冒頭の「ということで」に戻る。
10日ほど前の話だった。
王宮に忍び込んだ挙げ句、変身魔法で第二王子を樽爆弾に変えて爆破しようとした羽妖精がいて、族滅および領地召し上げの危機が訪れたのが、今だった。
リラは思った。
バカなのかな?
バカを超えたバカだった。
Q.どうして王宮に忍び込んで王子を爆殺しようとしたのですか?
A.だって面白そうじゃん。
どうせこんな感じなんでしょ! 知ってる!
リラはいろいろと諦めた。女王から話を聞いて、結論に至るまでわずか数秒の出来事である。
まともな羽妖精を1体献上し、今なお王威に伏す意思を示せ。
さもなくば、族滅は免れぬと心得よ。
ともかく、それが女王が第二王子に伏して詫び抜いた末に勝ち取った、寛大なる処置であった。
要は「お前ら羽妖精やっぱ頭おかしいから。でも万が一頭おかしくないヤツを奉公に出せるなら利用価値あるし族滅は勘弁してやるよ。出せるならな」ということらしい。
当の爆殺未遂をしたバカは王子の側近が放った魔法で粉々になって荼毘に伏したという。
ただ、羽妖精というのは死んだところで時間が経てば復活する摩訶不思議生物なので、また100年くらい後には当のバカの顔をひょっこり見ることになるかもしれない。
それまでに羽妖精が絶滅してなければの話だけれど。
リラは心の中でため息をついた。
残念ながら、羽妖精のバカは死んでも治らないという。
できることならこの手でくびり殺してやりたかったのですがね、と、女王が眉間に青筋を浮かべ拳を握り込みながら小声で呟いたのを無視するくらいの分別をリラは持ち合わせていた。
この程度の奥ゆかしさ。
この程度の我慢強さ。
これこそが、リラが羽妖精としては強靭な忍耐力と破格の知性を持ち合わせている証である。悲しいことに。
「ゆえに行きなさい、リラ! 今こそ人間に我々の有用性を改めて示し信用を獲得し、羽妖精を絶滅の危機から救うのです! ええ、人間にとって良き隣人になれるほどに!」
リラを正論パンチでボコボコにして沈黙させた女王は満足そうに頷くと、意気揚々と森の出口の方角に杖を掲げてみせた。
もはや自分が王宮へ奉公に出る以外の選択肢は無いとあきらめたリラはうやうやしく頭を下げた。女王の命令は絶対である。
絶対である。
絶対だけどさあ……。
いや、普通に無理じゃない?
言葉をしゃべれるだけの猛獣みたいなもんだよ? わたしたちって。
だいいちさあ~! 羽妖精がそんな人間に寄り添える存在ならとっくの昔にちやほやされてるに決まってるじゃん! だってわたしたちって可愛いし!(これはけしてうぬぼれではないとリラは思っている) そうじゃないってことは無理なんだって~! ムリムリムリのムリー!
そこまで考えて、なんか理解のない上司と会話してるみたいだな、とリラは思う。
ファンタジー系異世界に転生したところで、人間じゃないものに生まれ変わったところで、長いものに巻かれるのは変わらない。知性ある限り社会性からは逃れられないのであった。悲しいね。
今のまま知性ある自分自身を受け入れるか、仲間たちみたいにバカになるか、ふたつにひとつ。
ちょっとだけ悩んだ末、リラは前者になることにした。
「まあやるだけやってみます……」
もはや羽妖精が人間の良き隣人になる未来など現実的にあり得ない気がしたが、それはそれ。
リラは喉まででかかったツッコミを飲み込む。
そして魔法で妖精サイズにまで圧縮した王子宛の書簡を受け取り、手短に支度をして、数少ない仲の良い羽妖精に一声別れの言葉をかけてから森を出た。
別れなんてものじゃなくて、「え~、リラ森の外に行けるの? 楽しそう~。羨ましいよ~」なんて緩い言葉を言われたくらいだけれど。
するすると木立を飛び抜けて久しぶりに森の外に出てみれば、広がるのは嫌になるほどの青空。
ため息をつきたくなり、代わりに髪先をくるくるといじる。
リラはため息をできるだけつかないことにしている。だって余計に嫌な気分になるし、目の前に相手がいればその人も同じような気分になるから。
それは人間だったころからの処世術だった。
でも、心はその髪色と同じく憂鬱である。
今だけは遊ぶことしか考えてない森の仲間たちがうらめしい。
深呼吸をすると、リラはふわりと大空に飛び立った。
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