第19話 セレスティア

 艶やかな、よく手入れされた黒曜石の髪。透明にすら見える白い肌は、一点の曇りもなくきめ細かい。繊細なレースをふんだんに使ったドレスは、ほっそりとした身体を飾るのにこれ以上はないだろう。

 

 なにより目立つのは、輝く太陽の色をした——けれどどこか空虚なまなこ。

 セレスティア・ド・アルノ。名門アルノ家に生まれ、未来の王妃と期待を寄せられた少女。


 そして、犯した罪によりその名前を消された、恐るべき悪女。

 

「王太子殿下との婚約は幼い頃に決まっていたから……セレスティアは、随分優遇された子だったわ」


 王国北部の、広大な土地を治める名門貴族、アルノ公爵家。元々王家とも懇意だったが、セレスティアと王子の婚約により、更に関係性を深めようとしていたのだろう。


 セレスティアに与えられるものは、いつだって他の兄弟よりも上等なもの。教育、ドレス、部屋……。未来の王妃として、社交界でも大々的にアピールされていた。


「だから、他の兄弟とはほとんど喋ったことがなかったの。教育係も、それを望んでいないと分かっていたし……良い子であることに、わたしは必死だったから」


 セレスティアは『良い子』だった。

 

 教育係の夫人の言うことを聞き、礼儀正しく、マナーを守る。人の話をよく聞き、文句や愚痴はこぼさず、いつも静かな微笑みを絶やさない。

 それが、彼女に求められた役目だったから。息苦しさこそ覚えても、それに異を唱えることは決してなかった。


 選ぶことなどなく、与えられたものをただこなす。褒められても礼こそ述べるが、精進することを同時に誓う。


 それがまた、『従順な良い子』という評価を強固なものにしてしまったのだけれど。


 心なんて無い、と無視することが当たり前だった。


「……そんな中で、唯一わたしに優しかったのが、ルシアンお兄さま。一番上の兄で、わたしが殿下と婚約が決まったときには、もう当主を務めていらしたの」


 未来の王妃、という役目は、セレスティアには酷く重く、苦しいものだった。齢十四の娘から、心を見失わせてしまうほどに。

 

 けれど、ルシアンの前ではただの『貴族の娘』に戻れる。くだらない冗談に笑ったり、贈られてきたドレスの美しさに感動したり、課せられた役目の苦しさに嘆いたり。

 長兄は、それはそれは優しい顔でいつもそれを聞き届けてくれて。とても安心できた。


 陰謀渦巻く貴族の世界でたったひとつ、心休まる場所だったのだ。


「でもある日、軍警がやって来て、セレスティアを捕らえた……国家反逆の罪で」


 夢に見たのは、先日のみでは無い。いつも、手に取るように思い出せる。軍靴の厳しい音。背の高い男たちの顔つき。

 何かが大きく変わってしまったのだと、まざまざと突きつけられたような感覚。


 最初の裁判までは、質素だけどそれなりの部屋に閉じ込められた。

 二度目の裁判が終わると、王城の地下牢に放り込まれた。

 最後——三度目の審判が下された後、セレスティアは古城の牢に繋がれた。


 急激に変わりゆく環境の中で、何も分からないままただ外堀だけが埋められていく。従順な『良い子』は、それにただ狼狽える以外できなかった。


「殿下は、一切関わらなくなったし、アルノ家からも放逐された。セレスティアは、最後の最後までお兄さまが助けてくれることを願っていたけれど……叶わなかったの」


 アルノ家は、セレスティアを捨てた。殿下は別の貴族の娘と婚約を発表し、ルシアンはただ『役目を果たせ』とだけセレスティアに言い残した。


 信じていたものはすべて失われ、残されたのは自分の選択の末路のみ。


「後は……話した通り。火にかけられて、次に目が覚めたら、わたしは小さな赤ん坊だった。リュネという名前のね」

 

 リュネはそこでふっと息を吐いた。ろうそくの炎がちらちらと揺らめく。カイルは、セレスティアによく似た——琥珀色のまなこをふっと伏せて、ぼそりとつぶやいた。

 

「火刑なんて、よっぽどの事じゃないとありえないはずだよな。国家反逆? 貴族の娘が?」

「審判院曰く、他国への不法な献金による、国家反逆罪だそうよ。国庫を持ち出し、よその国にお金を渡していたみたい」

 

「……んなこと、簡単に出来るわけねえだろ」

「そうね。でも、証拠は取り揃っていた。取り揃えられていた、の方が正しいかもしれない」


 失われた金額も、送金を証明する書類も、セレスティアのサインも、すべて存在していたのだから。いくら記憶にないと証言したところで、審判院がそれを聞き届けることはない。


 それどころか、殿下やルシアンでさえ、セレスティアがそのような行いをしていたと証言するものだから。ただの小娘の記憶では、到底太刀打ちできるものではなかった。


(本当にそれをしていたのは……いいえ、憶測でものを語ることはできないわ)


 リュネは落ちた本を拾い上げ、しわを寄せてしまったページを丁寧に伸ばした。


「最期……死ぬ直前に思ったの。どうしてこうなったんだろうって。今なら分かるわ。彼女は何も選んでこなかった」


 教育係が言うから、多くの勉強をした。

 当主が言うから、殿下の婚約者になった。

 アルノ家が言うから、社交界で愛想を振りまいた。

 そして皆が望むから——罪を被って死んだ。


 彼女の短い人生に、彼女自身の意思が介在したことなんて、ほとんど無いに等しかった。すべての選択を他人に委ね、その果てに使い捨てのように死んだ。

 

 だから、リュネは許せない。


「他人の言いなりになって、役目を果たすことだけ考えて……わたしを嵌める不審な動きだって、いくつもあったのに。それを見逃し続けた」


 殿下の部屋にあった、見知らぬ封蝋のなされた手紙。セレスティアがサインしたという証書の、わずかな筆跡のズレ。

 もしあの時、気づいていた違和感に言葉を発していれば。行動をとっていたのなら、運命は変えられたかもしれないのに。


「セレスティアはね……選ばなかったから、死んだのよ」


 リュネは厳しい視線で、ここにはいないセレスティアを見つめる。悲しげな顔をする『わたし』を断罪するように。


 カイルは、そんなリュネの様子を黙って見届けていた。

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