第2話 母からの留守電

仕事を終え、夜道を帰る途中でスマホが震えた。実家の番号——母からだった。 着信には気づかず、留守電が残されている。


「……康平? あのね、ちょっと変なことがあったの。今日ね、お嫁さんっていう人が来て、“ゆうまのことで相談があります”って……。 誰か分からなかったけど、あなたのことをすごく詳しく知っていて——ほら、小学校のときの写真も持っててね。びっくりしちゃったわ。 “もうすぐ家族が一緒になれる”って言ってたけど……何のこと?」


再生が終わると同時に、背筋を這うような寒気が走った。母の口ぶりはどこか呑気だったが、その“女”が、ついに実家にまで足を踏み入れたという事実だけで、胃がきしんだ。


それだけじゃない。ポケットの中のスマホが再び震えた。 ——通知:「件名:ゆうまの育児日記(実家編)」 差出人不明、本文なし。 添付された画像は、実家の仏間で赤ん坊を抱く女の姿だった。



重くなった足取りでアパートの階段を上る。 静寂に包まれたこの古びた建物は、少なくとも自分だけの空間——だったはずだ。


玄関に差し掛かったとき、ドアに小さな紙が挟まれていることに気づいた。 手書きのメモだった。


「お風呂、ちょっとぬるめにしておいたよ。ゆうまと一緒だから、ね。 おかえりなさい、パパ。」


喉がひゅっと鳴った。鍵は……確かに閉めていたはずだ。 震える指でキーを差し込み、ゆっくりとドアを開ける。


……異変はすぐにわかった。


部屋の奥、リビングのテーブルに置かれた哺乳瓶。 シンクに浸けられたベビー用の食器。 そして、ソファの上—— ——そこには、ぬいぐるみではない、“それらしく見える”赤ん坊の人形が座っていた。


テレビが勝手につき、リビングに微笑む女の録画映像が流れ始めた。


「パパ、おかえりなさい。今日は“初めてのおうち訪問記念日”だね。 大丈夫、鍵は返しておいたよ。合鍵、ほら……あなたの部屋の“思い出の引き出し”に入ってたの。 やっと、家族になれるね。」


映像の中の女は、くるくると子守唄を口ずさみながら、画面越しにこちらを見つめ続けていた。 リモコンも電源も触れていないのに、再生は止まらない。


俺はただ、立ち尽くすしかなかった。



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