第5話
隣の席のDさんは、事あるごとにぼくのことをからかってくるので困っている。
この前の夜中。Dさんから呼び出されてぼくは家族にもにゃもにゃと言い訳をしながら玄関を後にした。団地の近くまで歩くと、Dさんが待っていた。
「や 学校ぶり」
私服姿の彼女はなんだか教室で見るより可愛らしく見えたのだけど、それより彼女が持つシャベルと真っ黒いビニール袋が気味の悪い存在感を放っていた。
「その袋は?」
「猫」
「えっ」
「埋めに行くからついて来て」
「えっ」
猫飼ってたのか、あとそういうやつって適当に埋めたりして大丈夫なんだっけ、とかいろいろ言おうとしたが、彼女は山の方へつかつかと歩き出すし、ビニール袋は持たされるしでぼくはとりあえずDさんの後を追いかけた。
袋は異様な冷気を放ちながら、アスファルトに水滴を垂らし続けている。妙に重く、ぼくの手のひらにぎいぎいと食い込んでくる。
「ねえ何か重くない?」
「凍らせてあるから」
「何で」
「臭い対策」
どこでどうやって数キロの肉を芯まで凍らせたんだろう。考えたくなくなったので、ぼくはそこからずっと黙って歩いた。
半月が天辺にのぼる頃、ぼくたちは山の端のほうに着いた。名もろくにわからない木や草がほったらかしになっていて、子供がいじくったところで誰も気づかない。
Dさん、シャベルを景気良く地面にブチ刺して、ざもざも掘りはじめた。ぼくはやることがなくなったので、気持ちだけ見張りをしていた。
「ところでさ、それ本当は猫じゃないよ」
穴を掘りながらDさんは、突然そんなことを言い出した。
「何を言ってるの」
ぼくの首に生温い汗が走った。足元にある黒いビニール袋からは、だいぶ穏やかになった冷気がまだ漂っている。
でもどこかがとけてきたのか、わずかに動いた。
「ひっ」
「あはは 冗談だよ 本当に猫」
彼女は頬まで跳ねた泥を手の甲で拭うと、ケラケラ笑ってビニール袋を回収した。袋のままで穴に放り込んだ直後に、ずいぶん深い場所からドサッと音がした。
「中身、出さないんだ」
「丸ごと分解される素材だから平気」
「そんなのあるの」
「心配なら、開けてきてよ」
言うやいなや、シャベルを振りかざして、ぼくの後頭部を。
「…何てね びっくりした?」
Dさんは妖精のように微笑むと、いたずらっぽく小首を傾けた。まったくこの人は本当にからかうのが好きなんだ。
そうして血だらけのシャベルでもって、ピクリともしなくなったぼくを深く埋めたっきり彼女は山を降りて二度と来なかった。
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