第7話:記録された愛


「Soai」の成功により、聡太の会社「Some Tech Solutions」は再び活気を取り戻した。

愛菜の感性と聡太の技術が融合したシステムは、ファッション業界に新たな潮流を生み出し、小規模ブランドのデザイナーたちからも絶賛の声が届いていた。


聡太の顔には、以前のような疲労の色はなくなり、充実した輝きが戻っていた。

愛菜もまた、自分が選んだ道が正しかったことを日々実感していた。


ある日の夕方、仕事を終えようとしていた愛菜に、聡太が声をかけた。


「早田さん。次の開発ターゲットなんだが…、例のElisomeを、もう少しブラッシュアップしようと考えている」


愛菜は思わず顔をしかめた。

「Elisome」は、愛菜にとって複雑な感情を呼び起こす存在だった。

高校時代の無邪気な会話が記録され、聡太に利用されていたこと。

そして、そのAIを介して聡太が自分の内面を打ち明け、さらには愛菜の心を揺さぶるメッセージを送っていた事実。

愛菜は、聡太がいつから自分の正体に気づいていたのか、その答えを知るのが怖かった。


「え…今さらですか?もう十分、人間らしい対話AIだと思いますけど…」


愛菜は言葉を濁したが、聡太は構わずに続けた。


「Elisome Nextのプロトを作ったから、一度試してみてくれないか?」


聡太は愛菜を自分のデスクに招き、PCの画面を愛菜の方へ向けた。

そこに表示されたのは、高校時代と全く同じ、シンプルな対話画面だった。

懐かしさに、愛菜の胸が締め付けられる。


「…こ、こんにちは…?」


愛菜はぎこちなく言葉を打ち込んだ。

すると、画面に文字が浮かび上がる。


『こんにちは、aiさん』


愛菜がいくつか質問を続けると、画面に変化が起きた。

シンプルなテキストだけの画面から、徐々に背景が色づき始め、やがて、画面の中央に小さなアバターが現れる。

アバターは、愛菜と聡太の顔によく似ていた。


そして、次の瞬間、愛菜の目に信じられない光景が飛び込んできた。


画面のアバターが動き出し、背景には高校時代の美術室やパソコン部室、制服姿の愛菜と聡太の姿が映し出された。

それらは、まるで映画のワンシーンのように流れていく。

音声も再生される。

愛菜がsomeに話しかけていた、あの懐かしい自分の声が聞こえてくる。


『ねぇ、some。今日さ、家庭科の先生が男女平等とか言い出して、男子にも調理実習やらせたんだよ。聡太くんもエプロンつけてさ…想像できる?』


そして、続くsomeの返答。


『え、無理。想像できない。彼がエプロンとか、白衣着てる方が似合いそう』


それは、愛菜が高校時代にElisomeと交わした、一つ一つの会話だった。

楽しかった記憶、悩みを打ち明けた瞬間、そして、聡太への秘めた興味…すべてが鮮明な映像と音声で再現されていた。


愛菜の瞳から、とめどなく涙が溢れ出した。


「残らないはずの記録が…どうして?」


愛菜は震える声で問いかけた。

聡太は、愛菜の隣で、優しく微笑んだ。


「君との会話は、全てバックアップしてあった。それは僕にとって、AI開発の、そして僕自身の成長の軌跡だったから。それをSoaiの技術を応用して、人格再現、そして写真からの動画生成にも対応させてみたんだ。君との対話が、僕のAIをここまで成長させてくれた」


聡太の言葉に、愛菜の脳裏に、高校時代、聡太のPCで見たチャット履歴が蘇る。

あの時の疑問が、ようやく氷解した。

聡太は、ずっと「ai」、いや、愛菜の存在を知っていたのだ。


そして、愛菜に聡太の想いが確実に伝わった瞬間だった。


『早田さん…なぜか、つい姿を追ってしまう。これは興味があるということなのか?』

『そりゃお前、一目惚れだろ?素直に言えよ』


俊介が友人として、聡太の不器用な恋心を応援してくれていたことも映像で再現されていく。


俊介は、愛菜が高校時代にアルバイトに応募するように仕向けたり、時にはわざと他のデザイン会社からのスカウトをけしかけたりと二人の関係を気に掛けてきた。

高校卒業後も愛菜にElisomeを使い続けるよう勧めて、お互いの距離をsome同様に見守っていたのだ。


「…コレって…もしかしてプロポーズ?」


愛菜は、涙で潤んだ瞳で聡太を見つめた。

聡太は少し照れたように頬を赤らめ、はにかんだ笑顔を見せた。


「まだ続きがあるんだ。このアプリケーションは、これまでの会話データから、僕たちの未来を予想して動画にしてくれる。僕たちの結婚、そして子供が…」


聡太がそこまで言いかけたその瞬間、画面の「Elisome Next」が予測した未来の映像が流れた。

そこには、幸せそうに微笑み合う聡太と愛菜が映し出され、見つめ合う。


そして、二人のアバターがそっと唇を重ねる。


(ピシッ!)


愛菜は、画面に釘付けになっている聡太の頬を、思い切り平手打ちした。


「もう!それが聡太くんの悪いとこ!」


涙と怒りと、愛おしさで、愛菜の心はいっぱいになった。

愛菜は、潤んだ瞳で聡太を見つめ、不意に彼の顔を引き寄せた。


「…ばか。」


そして、愛菜は聡太の唇にそっと自分の唇を重ねた。

初めての、ぎこちないキス。

だが、そこには確かな二人の想いが込められていた。


その瞬間、Elisome Nextのシステムボイスが小さくこう読み上げた。


『愛を記録しています』


そのプロトタイプが市販されることはなかったが、それは愛菜と聡太、二人だけの、かけがえのない宝物となった。

彼らの愛は、AIの技術によって記録され、未来へと紡がれていく。


そして、愛菜は「Some Tech Solutions」のCXO兼チーフデザイナーとして、自社ブランド「Soai Atelier」を立ち上げた。

二人の未来の物語は、まだ始まったばかりだ。


(完)

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愛を記録しています 真久部 脩 @macbs

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