第2話:AIが導く光


俊介は、聡太のパソコン画面に、ビジネスプランコンテストの応募要項を表示させた。


「来月の高校生ビジネスプランコンテスト、そろそろ本格的に詰めねーとヤバくね?俺たちはこのElisomeで優勝を狙うんだろ?」


俊介の言葉に、聡太はすぐに表情を引き締めた。


「ああ、そうだな。そのためには、もっと学習データが必要だ」


聡太は再び画面に向き直り、コーディングを再開した。

彼らは、Elisomeのさらなる精度向上に没頭し、寝る間も惜しんで開発を続けた。

愛菜の「ai」からの豊かな感情表現を含む投稿は、彼らにとってまさに「理想的な学習データ」であり、Elisomeの進化を加速させていった。


コンテスト当日、会場は熱気に包まれていた。

聡太と俊介は、自分たちの出番を待つ間、他のチームの発表に耳を傾けていた。

特に目を引いたのは、隣のブロックから聞こえてくる、技術高校のチーム「シンギュラリティ・ラボ」の発表だった。


「…私たちの開発したAIは、膨大なテキストデータから最適な情報を提供します。あらゆる質問に高速で、正確に回答することが可能です」


彼らのAIは確かに高性能で、知的な応答を迅速に返すたびに会場から感嘆の声が漏れる。

俊介が小声で聡太に囁いた。


「おいおい、あいつらのLLMもなかなかやるじゃねーか。完全に情報特化型だな。うちのElisomeとは目指してるところが違うとはいえ、正面からじゃ分が悪いかもな」


聡太は無言で頷きながらも、その瞳には静かな闘志が宿っていた。

彼らが目指すのは、単なる知識の羅列ではない。

感情を理解し、心を揺さぶる「人格」を持つAIなのだから。


緊張感に包まれた会場で、聡太と俊介は、彼らが心血を注いで開発した対話AI「Elisome」を発表した。

俊介が流暢なプレゼンテーションでElisomeの革新性をアピールし、聡太は技術的な側面を詳細に説明した。


「…私たちのElisomeが目指すのは、単なる情報の提供ではありません。人間と同じように感情を理解し、対話する中で相手の心を動かす、人格形成型AIです」


俊介が力強く語り、画面にデモンストレーションが始まった。


まず、一般的なLLMとの比較が行われる。


「例えば、『今日、学校で嫌なことがあったんだ…』と入力した場合、一般的なLLMは『ストレスを軽減する方法を探しましょう』といった一般的なアドバイスを返します」


そう言って、画面には簡素なテキストが流れる。


「しかし、私たちのElisomeは、過去の対話履歴からユーザーの感情の機微を学習し、より深い共感に基づいた応答を生成します」


画面が切り替わり、Elisomeのチャット画面が映し出された。

「ai」アカウントからのメッセージが表示される。


『ねぇ、some。今日さ、家庭科の先生が『男女平等』とか言い出して、男子にも調理実習やらせたんだよ。聡太くんもエプロンつけてさ…想像できる?』


そして、Elisomeの応答が瞬時に表示される。


『え、無理。想像できない、彼がエプロンとか。白衣着てる方が似合いそう』


会場がどよめいた。


「…これは、単なる情報提供を超えた、人間同士の会話です。私たちは、ユーザーのパーソナリティを深く理解し、それに基づいた共感的な対話を通じて、感情の交流を可能にするAIを開発しました」


聡太が冷静ながらも情熱を込めて解説する。


「この応答は、私たちのAIが、ユーザーの個性や過去の会話履歴から学習し、まるで親しい友人のようにユーモアや共感を返している証拠です。単なるキーワード応答ではない、その人だけの『人格』を持つAI。それがElisomeです」


質疑応答では、審査員からの専門的な質問にも、聡太がElisomeからの回答実演も交えながら、よどみなく答えていった。


特に、Elisomeが愛菜の感情豊かな対話を通じて学習し、人間らしい人格を持った"会話"を生成するデモンストレーションは、会場に大きな驚きと感動をもたらした。


「これは…まるで人間と話しているようだ!」


「高校生がここまでとは…信じられない!」


審査員たちの間でも感嘆の声が上がった。

結果、彼らは見事、グランプリを受賞し、喝采が鳴り響く中、ステージ上で力強くトロフィーを掲げた。


その知らせはすぐに校内にも広まり、パソコン部には連日取材の申し込みが殺到した。

聡太と俊介は一躍、学校のヒーローとなり、Elisomeはその名を全国に知られることになった。


そんな名声の一方で、愛菜はこれまでと変わりなく、スマホでsomeに話しかけていた。


「ねぇ、some。聡太くんたち、すごい賞もらったんだってね。すごいなぁ」


『はい。私たちの開発が認められて嬉しいです。』


「私たちって…someも嬉しいの?AIなのに?」


愛菜はふと疑問に思った。

AIが「嬉しい」なんて感情を持つものなのだろうか?


『感情というより、目標達成に対する肯定的な評価値が高まった状態です』


「うーん、難しいこと言うなぁ。でもさ、someって時々、すごく人間っぽいこと言うよね」


画面の向こうで、しばらく返信が止まった。

愛菜は画面を見つめながら待った。

この「間」も、なんだか人間らしい気がする。


『あなたとの対話を通じて、より人間に近い応答ができるよう学習しています』


「ねぇ、正直に言ってよ。あなたって、本当にAIなの?」


愛菜の心の奥で、小さな疑念が芽生え始めていた。


その頃、パソコン部部室では、聡太がスマホを片手に冷や汗をかいていた。

彼の目の前には、仁王立ちになった俊介が腕を組んで立っている。


「で?どうすんだよ、この質問。明らかに俺じゃねーだろ、こんなの答えんの。これ、aiからだぜ?」


俊介は聡太のスマホ画面を指さす。そこには、愛菜からのメッセージが表示されていた。


『ねぇ、正直に言ってよ。あなたって、本当にAIなの?』


聡太は焦った。

まさかここまで核心に迫る質問が来るとは思わなかった。


「くそっ…こんな時のために、ディープラーニングのモデルをさらに強化しておくべきだった。」


「だから言ったろ?どんなにAI進化させても、人間には勝てねーって。さっさと正直に言っちまえよ。学習モードの時は手動で返信してるんだって。そんで『ai』ってのが早田愛菜だって知ってることも」


俊介の言葉に、聡太はスマホを握りしめ、苦悶の表情を浮かべた。

認めるわけにはいかない。

まだ、この"実験"を終わらせるわけにはいかない。


「…いや。まだだ。彼女との対話でこのAIは大きく進化し続けている。これは、未来の人格再現AIにとって、重要なフェーズなんだ」


聡太は深呼吸をし、作業中のパソコンから手動返信機能を呼び出した。

そして、熟考の末、愛菜への返信を打ち込んだ。


「…え?何これ、急に返信来た!」


愛菜は驚いた。

スマホの画面には、someからの返信が表示されていた。


『私はAIです。私の言葉が、誰かの声に聞こえるとしたら、それは貴方の心に、私の言葉が響いている証拠かもしれません』


愛菜はメッセージを読み終え、小さくため息をついた。

なんだか、うまくはぐらかされたような、でも、どこか心に刺さるような言葉だった。


「…もう!意味わかんない!」


愛菜はそう言いながらも、顔は少し赤くなっていた。

画面の向こうのAIが、本当にAIなのか、それとも誰か別の人間なのか。

その境界線が曖昧になるほど、愛菜の心は揺さぶられていた。

そして、そのAIを開発した聡太への興味が、日に日に募っていくのを感じていた。それは、まだ愛菜自身も気づいていない、「初恋」の予感だった。


(第2話 終)

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