2.

だんだんとあなたは毎週金曜日が楽しみになってきた。それは真屋と話すのが楽しいからだ。同年代とは違う大人の余裕と無害であるという安心感が真屋にはあるからだ。


しかし、毎度毎度彼がカフェの代金を支払うと言うのが難点である。支払わせるのはおかしいと彼は言うがあなたは申し訳なくなるのだ。


いつもカフェを出た後にお金が浮いたと喜ぶと思うのは間違いではないが、それでも彼に対して毎回支払う筋合いはない。


だから今日は彼にいつもの感謝としてプレゼントを用意した。メンズ用のプレゼントは何がいいのかよく分からなかったが、もらっても使い道があるものを考え抜いた。


夏の激しい日差しは人々の体を焼いていく。今日もまた彼と話すためにカフェに入る。


先にいた彼は夏目漱石のそれからを読んでいた。そしてあなたに気がつくと読むのをやめた。教え子は向かいの席に座った。


「真屋さん、本当に読書がお好きなんですね」

「いやぁ。最近は俗なものしか読んでませんよ」

「他には何を読んでいるんですか?」

「三島由紀夫の春の雪や川端康成の眠れる美女も最近読破しました。心情がリンクして面白かったですね…それよりその袋は?」


彼にショッパー、つまり袋を渡す。プレゼントされるとは思わなかったらしく動揺している。中を見ており、その中身はマトリョーシカのようにまた袋で梱包されたシンプルな輪っかのイヤリングと紺色のハンカチだった。


「これ、俺に…? 嬉しい、ありがとう! でも今日は誕生日じゃないのにどうしてくれたの?」


純粋に喜んでいるようで、送ったこちら側も同じ気持ちになる。


「真屋さん、いつも相談に乗ってくださるし奢ってくれるから。感謝の気持ちです」

「ありがとう…! 君と付き合う人はとても優しく幸せな気持ちになれると思うよ」


あなたは最近好きな人から冷たくされていることを思い出す。ウザがられないようにちゃんと真屋に相談して接しているのに。避けられているというよりも興味が無いから後回しにされている。


「そうだといいんですけど…」


彼はショッパーを自分の隣に置き、あなたの暗い顔を見つめる。


「でも、君は彼のことが好きなんだよね」

「最近よくわかんなくなってきた…なんか返信もすごく遅くて…会っても楽しそうじゃなくてずっと誰かにメッセージを送ってるんです」

「一度、告白してみたら? 」


ずっと俯いていたが、その言葉で前に座っている彼の顔をまじまじと見る。目を見開いていると彼は他人事のように微笑んだ。


「このままアプローチをしても彼の態度が柔和しないんだったら一度勝負を仕掛けてみるのも良いと思いますよ」

「そういうものなの!?」


思ったよりも声が大きかったのか、カフェ内が少し静かになった。恥ずかしくなってあなたは紅茶を啜る。


「君が告白に対して苦手意識を持っているのは分かりますが、ここまで計算して彼にアプローチしてきたんです。もしかしたら好き避けという行動をしているだけしれない」

「でも、今の状況で告白しても……」

「行動をするかどうかは君次第、俺にはそれを決める決定権はないから」


あなたは告白された事はあっても告白したことはない。告白された中で一番酷い相手は自身をさも悲劇のキャラクターのように被害者面をして周りに嫌な噂を飛ばしていた。


そのような悲劇のトラウマがあるからこそ、自分で告白するのもされるのも勇気が出ない。しかし、ここで燻っていては何もならないと真屋さんから教えられている。


今こそ実行の時ではないだろうか。告白を決心した彼女は早速連絡を取るためにスマホを手に取る。


彼もまた取り出す。そしてあなたが連絡を取りあっている相手に個別のチャットメッセージを送る。自分でも考えて吐き気を催すような馬鹿で人を惹きつける文を送るとすぐに返ってくる。こうやってロマンス詐欺は横行するのだろうなと思った。


(毎週金曜日に会ってもう二ヶ月いったぐらいか。早いな。そろそろ次のステップに行きたいところ……はぁ、本当に高校生の時から変わりましたね。受験生の時は最低限の身だしなみだけだったのが今はこんなに綺麗になって…オシャレには疎いけど服やアクセサリーをプレゼントしたい。君が俺の色に染まるのを…少し亭主関白が過ぎますね。まぁ、彼シャツやカップルで同じ服を着るという文化があるので、この表現よりもこちらの方が適切ですよね…いや、それでも可愛いから何でも似合うんだろうなぁ)


しばらく真屋が考え込んでいると、あなたが次の祝日で決着をつけに行くと言った。それを聞いて彼は応援をしていると言った。


真屋トオルのスマホのロック画面にはあなたの意中の相手からの愛のこもったメッセージが来ていた。

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