第四十八節 残響
最初の声は小さかった
誰もが聞き逃すような囁き
けれどわたしは耳を傾けてしまった
音ではなく、意味を聴いてしまった
言葉が入ってきた
鼓膜を通り、思考の奥に
流れ込むように、
水のように、熱のように
それは誰の声でもなかった
なのに懐かしい響きだった
昔、夢の中で聞いたような
唄の欠片
耳鳴りはやがて文となり
夜毎に言葉を変えて囁く
「聞いたね」
「もう忘れられないね」
話しても意味は伝わらず
語るたび、他人の目が曇る
言葉は共鳴しない
ただわたしを響かせるだけ
外に出ると風が騒ぐ
誰もいないのに、誰かが言う
聞いた者だけがわかる語
その一語が脳に焼きつく
手紙を書こうとしても
言葉が変わる
決して選んでいない単語が
勝手に文に組み込まれる
耳に異常はないという
けれど薬では声は消えない
むしろはっきりと聞こえるようになった
夜の壁を越えてまで
ある日、他人の言葉に
自分の声が混じっていた
その瞬間、わかった
“語ってはいけない”ことを語ってしまった
それはもう宿主を探していない
繁殖を始めたのだ
耳から耳へ、声から声へ
意味のないはずの言葉が広がってゆく
最後に聞いた囁きは
「この耳は、もうわたしのもの」
わたしは黙ろうとした
けれど沈黙さえ声になっていた
今、誰かがわたしの話を聞いている
その誰かの耳の奥で
新しい言葉が目を覚ます
そしてまた、憑く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます