第四十六節 言葉の檻
言葉が鍵だった
はじめはそう信じていた
世界を開くもの、
理解を生むものだと
けれどその鍵はひとつずつ
扉を閉じる音を響かせた
話すたびに選ばれる道が減る
言うたびに戻れぬ言葉が増える
幼いころ書いた詩がまだ
引き出しの奥に息をしている
誰にも読まれていないはずなのに
夜になると 部屋が意味で満ちる
「わたしはわたし」
その文が壁を覆った日
鏡が否定した
「ならば、誰の言葉なのか」
言葉を食べるように生きた
他人の語り、自分の告白
それらが身体に染み
心が語彙の形を持ちはじめた
言葉のない場所へ行こうとした
声を捨て、沈黙を選んだ
でも沈黙さえ語っていた
「黙ることは、言った証だ」と
檻は鉄ではない
紙と音と意味でできている
開こうとすればするほど
言葉が閉じ込める
名前を呼ばれるたび
わたしは“わたし”になる
でもその名は誰かの作った語
その瞬間、わたしは語の一部になる
逃げ出した声が
深夜の隙間から囁く
「わたしは、まだここにいる」
忘れられた文が 笑う
壁は紙、床は頁
天井には詠まれぬ詩の群れ
そのすべてがわたしを見ていた
書いたのは誰か、読んだのはわたし
言葉を吐き出せば自由になれると
そう願った者は
最後の一句を詠んだあと
檻と同化した
語り継がれるはずだったわたしが
語られすぎて 輪郭を失う
今ではわたしの代わりに
言葉が 呼ばれている
そして誰も気づかない
その“語られた存在”が
もう自分の声を持ち始めたことを
檻は完成した
語られ、読まれ、わたしは覚えられた
この頁をめくる者こそ
次の“囚われた名”となる
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