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sorarion914

チャイム

「行ってきまぁす」


 勢い良く家を飛び出していこうとする娘に、母親は「五時のチャイムが鳴ったら帰るのよ!」と声を掛けた。


「はぁい」


 少女は返事を返すと、そのまま公園に向かって走り出した。



 令和七年。八月三日。

 午後三時四十二分。


 母親が娘の姿を見たのは、それが最後だった。




 ――同年。八月十九日。

 午後四時六分。


 市内に住む小学三年生男児が、遊びに出たまま帰らないとの通報あり。

 付近を、凡そ五時間かけて捜索するも見つからず。


 その後も行方不明のまま現在に至る。



 同年。八月二十一日。

 午後三時三十三分。


 小学五年生女児と妹の五歳女児が、買い物に出かけたまま帰宅せず。

 公園で遊んでいる姿が目撃されるも、その後の行方が分からず現在も捜索中。

 手掛かりはナシ。




 同年。八月二十五日。

 午後四時十二分。


 小学一年生女児が友人たちと遊んでいた公園から忽然と姿を消す。

 目撃者ナシ。不審者情報ナシ。

 手掛かりナシ。




 同年。八月二十八日。

 午後四時五十三分。


 小学三年生男児四名が、夕方を過ぎても帰宅せず。

 河川敷で遊んでいたとの目撃証言があり付近を捜索するも見つからず。

 河川の捜索も行い、捜索範囲も広げてみるが発見には至っていない。


 【備考】警察犬を投入し、付近の捜索にあたるも河川の橋脚付近で匂いが途切れ、以降は追跡不可となる。





 ――同年。九月十四日。

 午後二時三十八分。


 市内の商業施設内で、衰弱した少女を保護。

 後に、八月二十五日に公園から姿を消した小学一年生の女児と判明。


 事件性が疑われるため慎重に聞き取りを行うが、一時的な精神錯乱が見られ会話は困難。

 ただ発見時、搬送する少女に声掛けした救急隊員が唯一聞きだせたのは

『チャイムが鳴るから帰る』――との言葉だけ。



 市に問い合わせたところ、帰宅を促すチャイム(防災無線)は現在午後五時に吹鳴。

 八月も同様であったと回答。


 しかし、少女が公園からいなくなった時刻は五時より前であったという証言がある。

 その為、少女が聞いたチャイムは五時のものではないと推察される。


 当時一緒に遊んでいた友人からも、チャイムが鳴ったのは五時であったとの証言もあり、少女が聞いたと言うチャイムが何時のものだったのかは不明。


 九月二十九日現在でも、少女は会話が困難で有力な情報は得られていない。





 同年。十月八日。

 午後九時十八分。


 帰宅途中の大学生が、農道を歩く少年一人を保護。

 身に付けていた衣服や靴の特徴から、八月に河川敷で行方不明になった男児四名のうちの一人と判明。


 衰弱がひどく、会話も困難なため医療機関に搬送。

 現在も意識障害が続いているため、失踪に至る詳しい経緯は不明。

 他三名の男児の行方は未だ分からず。


 【備考】医療関係者数名が、男児から『チャイムが鳴るから家に帰る』という趣旨の言葉を何度か聞いている模様。










 



 * * * * * * *



 太陽が西に傾くと、それを待っていたようにスピーカーからチャイムの音が鳴る。


 高音と低音が空気の振動で僅かにひずみ、うねる様な不協和音を生み出す。

 その、ゆがんだ音色は、チャイムというよりサイレンに近い。


 耳障りな音割れが、時折鼓膜を刺激する。

 酷く不快な音だった。


 少女は耳を塞いだ。


「この音ウルサイ……」

「え?なぁに?何か聞こえる?」


 一緒に遊んでいた友人には聞こえていないようだ。


「さっきからチャイムが鳴ってる」

「え?何も聞こえないよ?それにまだ五時じゃないし」

「うそ。私には聞こえるよ」


 少女はそう言うと、突然、砂場から立ち上がった。



……」



 そう言って、その場から立ち去る少女に、友人は慌てて言った。


「え?もう帰るの?」

「だって、チャイムが鳴ってるもん」

「まだ鳴ってないよ。それにまだ四時だよ?」

「帰らなきゃ」


 そう言うと、家とは真逆の方角に向かって歩いて行く。


「ねぇ待って!どこ行くの?」

「家に帰るの」

「家はそっちじゃないよ。こっちだよ」


 指差す方向とは真逆に向かって歩き出す少女に、友人が慌てた様に叫んだ。


「ねぇ!そっちじゃないってば!!」

「チャイムが鳴ってる。帰らなきゃ。早く帰らないと……」



 早く帰らないと……












 オカアサンニ シカラレル――――













 令和七年。十月十一日。

 午後四時十七分。


 小学四年生女児二名が公園から失踪。

 砂場で遊んでいる姿を通行人が目撃。何か言い合っているように見えたと証言。

 その後、手を繋いで河原の方へ歩ていくのを見たという。



 以降、行方が途絶える。










 今後、詳しい経緯は分かり次第、随時報告とする。

 以上。


 令和七年。■月■■日。

 午後十一時十二分更新。




【終】





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