第12話 リリスとカトリーヌ
翌朝。リリス達はいつもとは違う道を歩いていた。
「マリウス様」
「外では敬称をつけるのを止めてください。リリス様」
「すみません、マリウス。あれを……」
「分かっています。しかし向こうは気がついていません。このまま、学院へ行きましょう」
通学路でリリスとマリウスが見た先には、軍事王子ことジルとその従者が二人きりで歩いていた。
爽やかな朝に似つかわしくない、眉間にシワを寄せて苦々しい顔をしているジルとそれを心配そうに見ている従者はリリス達に気がつくことなく、馬車に乗って学院の方へ去ってしまった。
その姿は、これからこの世を終わりでも見に行くような雰囲気を醸し出していた。
「リリス様、何か様子がおかしいですね。そもそもなぜ、こんな所に来ているのでしょうか? このあたりは貴族が寄りつくような場所ではないと思うのですが……」
リリス自身がここにいることは棚に上げて、マリウスは不思議そうに問いかける。
「さあ? 女遊びでもして朝帰りでもしているのではないのですか?」
初対面の時点で良くなかったジルの印象は、昨日の出来事で最悪の印象になっていたのだった。そのため、その姿を見ただけで朝のすがすがしい気分が台無しになったリリスは、興味なさそうに答えた。
「リリス様、気持ちは分かりますが、顔に出さないように気をつけてください。ジル王子に敵対するのはリリス様に利益をもたらしませんよ」
「分かっています……気をつけます」
リリスたちがそんなやりとりをしながら教室に着いたときは、昨日とは違い、時間に十分余裕があった。リリスは満面の笑みで朝の挨拶をするも、反応するのは相変わらずサリーだけだった。
「おはようございます。今日はナッツクッキーを焼いてきましたの。休み時間にでも一緒に食べましょうよ」
リリスはいつもの通りサリーの隣に座りながら話しかける。
「いつも悪いですわね。じゃあ、アップルティーを入れますから」
この教室は現在、大きく分けると五つのグループに分かれている。
ジルとその従者のみのボスグループ、カイルを中心とした遊びグループ海遊会、シャーロットを中心としたお嬢様グループロッティ会、カトリーヌを中心とした恋愛グループカティ会。
最後にリリス達のようにどのグループにも入れなかったはぐれ者たちだった。
それぞれのグループは分かれて、それなりにバランスを取りながら上手くやっているように見えるのだが、最近はジルの機嫌が悪く、ジルが現れるたびにピリピリした空気が流れる。
「あらあら、えらくのんびりとお昼を食べているのですね。教室の空気を悪くした張本人が!」
そこに現れたのはカトリーヌ・ファルドラド伯爵令嬢。暴れ馬事件の時にリリスに文句を言ってきた令嬢。そしてマリウスに難癖をつけた従者の主人であった。
そのカトリーヌが、まるで虫を見るようにリリスを上から見つめていた。
「カトリーヌ様 (牛、乳製品)、ごきげんよう。クッキーでもいかがですか」
リリスはシャーロットにしたようにカトリーヌにおやつを勧める。
カトリーヌは汚らわしい物を触るようにナッツクッキーがいっぱい入ったかごを払うと、クッキーが地面に散らばった。
その上、それを足で踏みしめた。ナッツクッキーが憎くて仕方が無いように。
「あなた、今わたくしが言ったことを聞いていましたか? なに、のんきにクッキーなんて食べているのですか? あなたが殿下に逆らったおかげで、いま、教室は最悪の雰囲気ですのよ。たかだか田舎娘が王子に逆らって、どう責任を取るつもりですか?」
カトリーヌは感情のままにまくし立てた。
それに対してリリスはきょとんとした顔で、カトリーヌを見上げる。
「わたくしが何かしましたか?」
カトリーヌはそれまで顔だけは平静を装っていたが、リリスの言葉に目をつり上げて鬼の形相になっていた。
「何をしたかじゃないです! あの教室は何のためにあるのかを理解しているのですか⁉ 王族、つまりはジル王子にどれだけパイプを持てるか。みんな、そのためにどれだけ毎日気を遣っているのか分かっていますか? それをあなたのわがままで王子の機嫌を害して、なんの謝罪もないのですか? カイル様に庇っていただいたからと言っていい気になるな!」
つまりはリリスの行動が自分たちの都合に合わないため、文句を言いに来たのだった。
リリスにとってカトリーヌの言い分は、はっきり言って言いがかりにしか聞こえない。リリスはリリスの都合によって動いている。正直、ジルの事など、どうでも良かった。それよりも領地の経済活動に有益な人々と交流を持ちたい。それこそリリスとしてはジルよりもカトリーヌと仲良くしたいのだ。
「なぜ、みなさん、そんなに殿下 (軍事力)に執着されるのですか? わたくしには全く理解できませんわ」
「バカにしているのですか!」
カトリーヌの平手がリリスの頬を叩く。
「リリス!」
サリーが思わず叫んで立ち上がり、カトリーヌを睨みつけた。
それをリリスは手で制する。
本来、田舎の子爵令嬢の二人が、伯爵令嬢のカトリーヌに口答えなどできない。
学院の表向きとして、生徒は身分に関係なく平等となっている。実際とは異なっているが。
口答え程度ならば問題ないが、暴力となれば別だ。喧嘩両成敗とはならない。
しかし、身分が上だからとはいえ、直接的な暴力を振るわれる場面はほとんど無い。
そのため、感情にまかせて暴力を振るったカトリーヌとしても、このままでは引っ込みが付かなくなっている。ここはリリスが引き下がるしかない状況だった。
「申し訳ございません、カトリーヌ様 (牛、乳製品)。これからは気をつけます」
そう言ってリリスは素直に頭を下げた。もう食べることのできない地面に散らばったクッキーを見ながら。
叩かれた事はなんとも思っていない。それよりもナッツクッキーを台無ししにされたことの方がリリスには悲しかった。せっかく作ったナッツクッキー。こんなことならば、故郷に送ってあげたかった。
しかし、それも今は我慢するしかなかった。
「ふん! わかればいいのよ。そちらの従者も主人に見習って立場をわきまえることね」
リリスの態度に満足したのか。カトリーヌはマリウスにも捨て台詞を残して、そのまま素直に立ち去った。
「大丈夫ですか? リリス」
サリーはカトリーヌが立ち去った後も地面を見つめたままのリリスを心配する。
「ええ、わたしは大丈夫ですよ。それより、クッキーはもったいなかったですわね」
そう言って、リリスは悲しそうに笑った。
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