第13話 リリスとジル ドリアード屋で
日曜日、リリス達は刺繍物の納品のため、商店の多い南の地域に来ていた。
納品を済ませた後、珍しい植物の種を購入するために、マリウスも同行していた。
二人はここで手に入る珍しい植物を育てて、領地に持ち帰ろうと計画しているのだった。そのためにリリスたちは王都にいる間も郊外に小さな畑を借りていた。また、そこで育てた野菜などで食費を浮かせるという考えも、当然のことながら含まれていた。
つまり、その畑は研究施設であり、食料庫でもあるのだ。
リリスはハンカチ十枚と服を一着納品して、次の依頼も受ける。
どのような模様が好みか、色合いはどうするかなど、簡単に打ち合わせをして、それにあった糸を購入する。リリスが取引をしているのは、貴族向けの服屋であるため、結構な額で購入してくれていた。
リリス自身、最低限貴族としておかしくない姿をしているが、服よりも栄養のある食事、そして何よりも本に金をかけたい。幸い本に関しては学院図書館に山のように本があるため、高価な書籍を買う必要がなかった。これもマリウスたちがリリスを学院に入学させるための説得材料の一つにしたのだった。
「さあ、マリウス。種子を買いに行きましょう」
軍資金を手に入れて上機嫌のリリスは種か苗を買って、そのあとはカフェでお茶をして、畑を見に行ってと、休みをエンジョイする予定をマリウスに話していた。
リリスたちが行く店は植物の種や苗を取り扱っているが、それ自体を薬として精製している漢方屋でもあった。そのため、基本的には具体的に何かを求めて店を訪れる人がほとんどであるため、家賃の高い大通りに面しておらず、少し裏通りに近いところにあった。俗に言う、知る人ぞ知る店であった。
木の看板に『ドリアード屋 薬、種、苗あります』と書かれた店のドアに手をかける。
店の窓にはぎっしりと植物の苗が並べられて、外からは何の店かわかりづらい。
しかし、リリスたちは何度もこの店を訪れているため、何の躊躇もなくドアを引こうとしたとき、内側から勢いよく開けられた。
「あ、痛っ!」
リリスは思いがけず開かれたドアに、鼻をぶつけてしまった。
「ああ、すまない」
「あ!」
そう、言って店から出てきた男を見てリリスは思わず、声を上げかけた。
背の高い筋肉質な体つき、炎のような真っ赤な髪。ジルだった。その後ろにはいつもの従者の姿もあった。
休日モードから一気に学院モードに切り替えるリリスは、鼻を押さえながらも頭を下げる。
「大丈夫でございます、殿下(軍事)」
リリスは黙って頭を下げて、せっかくの休日を台無しにされないように、嵐のようなジルが去るのをじっと待っていた。
「ん、俺のことを知っているのか?」
リリスは心の中で「しまった!」と後悔したが、すでに遅かった。
「女、顔を上げろ」
ジルの命令に逆らえるはずもなく、仕方なく顔を上げたリリス。
「おまえはあの小生意気な女。なんで、こんなところに……」
ジルはまるで悪いことでもしてきたかのように、動揺していた。それもそのはず、このあたりは貴族自ら訪れるような店ではない。そんなところに、自分のことを知っている人に見られるとは想定していなかったはずだ。
「どうしてと……言われましても。この店の商品を購入に来たのですが……」
当たり前のことを聞かれて、ついつい素直に答えてしまうリリスだった。
「ここは貴族が来るような店ではない。貴様はここで何を買おうというのか?」
「それをおっしゃるのであれば、殿下 (軍事)こそ、この店に何のご用で?」
「貴様! 質問を質問で返すな!」
「わたしがここで何を買おうと殿下 (軍事)には関係ないことではありませんか? ……まあ、別に隠す必要はありませんので構いませんが……この店に種子や苗を買いに来たのです。この店には珍しい植物を数多くそろえていますので」
ジルはリリスの回答にほっとした様子だった。その様子から、リリスたちが尾行してきたのではないかと心配していたようだった。
「それで、殿下 (軍事)はなぜ、この店にいらっしゃったのでしょうか?」
ジルの返答次第では、リリスはこの店を使うのを控えなければならないと考えていた。せっかく良い店を見つけたのだが、この軍事馬鹿王子と顔を合わせる可能性があるのなら、仕方がない。せっかく、素の自分で過ごせる楽しい休日を台無しにされたくはないのだった。
「お前には関係ないことだ!」
そう言って、相変わらず自分の言いたいことだけを投げつけて、立ち去ってしまった。
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