美味しかった? (‪𓏸



 練習したから、うまくできたはず。

 湯気がなくなり冷めた頃に、おかずをお弁当箱に詰め込んで蓋を締める。

 いつもは女学校で降りる駅の三つ先。誠司さんに教えてもらった大学の傍にある野球ができる空き地があった。


 金属の棒で打った球が遠くへと飛んでいく。それはわかるけどどんな決まり事があるのか、あたしは野球に疎くてよく分からない。そんなことを思っていれば、ふらっと隣に来た知らないおじさんが、いろいろと解説してくれた。

 


 お昼になり、あたしはお弁当を抱えながら誠司さんの所に向かった。だけど突然、友達の「不味いって言われたら別れちゃいなさい」って声が聞こえてきた。


「あ、あのこれ。渡したからね! もう帰るから」

 お弁当を押し付けてその場を去ろうとしたら、腕を掴まれてしまう。

「その逃げ癖、なんとかならないのか。来てくれたんだろ。一緒に食ってけ」

「だって、もし不味かったら、別れることに……っ」

「なんの話だ」


 とにかく今は、説明なんてせずに食べてもらうしかない。それで、その結果、誠司さんがなんて言うか、確かめなきゃ。一人頷いて、お弁当の蓋を開ける。

 誠司さんが「いただきます」と手を合わせたあと箸で、里芋を一つ取り、口に運んだ。

 息を止めて、それを見つめれば――

「美味しい」

 って、声がした。

「……良かった」


 その瞬間、なんでだろう。

 ほっとしたら、ちゃぶ台におかずとごはんを並べて、それを食べる誠司さんの姿が目に浮かんだ。


 ……待って。今のなに?

 あたしはなにを考えていたんだろ。

 急に恥ずかしくなって、水筒の水をごくりと飲む。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る