第2話 爛れた腕

「包帯をとればいいって...」

 男子の何気ない一言でクラスのみんなの意識が大地の包帯に集中する。

「これだから嫌だったんだよ...」

 普段より多くの視線を浴びるだけでなく、現状の悪化が予見されるような状態になり嫌気がさしている大地に佐紀は気まずそうにしている。

 時間が過ぎていくが授業の開始時間までの時が永遠にも感じられるような空気管の中、大地は意を決して自分の左腕に手をかける。

「如月さん?」

「そんなに見たいなら見せてあげるよ」

 もう平穏な学生生活は送れないのだな、と思いながら包帯を止めているテープを外すと左腕が露わになる。

「ひっ」

「なんだよ...あれ」

「ま、そんな反応になるよな」

 大地の左腕は皮膚が爛れており、すこし皮膚の下の肉も見えており、かなりグロテスクな見た目になっていた。

「ば、化け物じゃねぇか!」

 口々に大地のことを罵り始めるクラスメイト。

「次の授業――ってどうしたんだ?みんな」

 次の教科担当が教室に入ってくると、困惑した様子でクラスのみんなに語り掛ける。

「あ、先生」

「ちょっと保健室行ってきますね」

「どうした?怪我か?」

ですよ」

 大地は左腕を上にあげ、教科担当に見せる。

 するとクラスメイトと同じような反応を見せつつも教員としてなのか理路整然と対応をしてくれ、少しだけ大地の気は晴れた。

 保健室に行き、替えの包帯をもらいに行く間も一部の生徒たちには爛れた腕を見られ、恐怖される。

「綾乃先生いますか?」

 桜井綾乃――この学校の養護教諭で大地の怪我の事情を知っている数少ない人のうちの一人だ。

「包帯とってるなんて珍しいわね」

「ちょっと、ね」

「クラスの人たち?」

「というか転校生ですね」

 ことのあらましを大まかに伝えるとどこか納得した様子で頷きながら包帯を巻き始める綾乃。

 そんな綾乃を見ながらすこしだけ気を緩めることのできる時間をかみしめる大地だったが、この数分後にまた面倒なことになるとは何一つとして思っていないのであった...





「隣の席かよ...」

「そういえば席が言われたときいませんでしたね」

 包帯を巻き終え教室に帰ると隣の席に座っていたのが佐紀だったため大地は今後の休み時間に席に座れないことが確定し面倒だな、と考えているときだった。

 授業の問題で当てられ、問題を解くように言われた。いくら復習問題とは言え暗算するのは面倒な二次関数なため答えるのに時間がかかってしまうがなんとか切り抜けた時だった。

「頭の回転速いんですね?」

「ダチよりは遅いがな」

 さすがに今のを無視はかわいそうと思ったのかつい質問に答えてしまった。

 何気ない日常会話でも大地にとっては違和感しかなく少しむずがゆくなってしまう。

 そして難なく残りの授業も終え昼休みとなった時、案の定自分の席を取られ泣く泣く食堂へと向かう大地に声をかける人物が一人。

「文隆...悪目立ちするから話すのは部室だけって話だろ?」

「誤差だよ、誤差」

「誤差かぁ?」

「そうそう誤差誤差」

 誤差が口癖な大地の友人、加藤文隆(かとう ふみたか)は大地の中学生時代からの友人だ。大地の左腕がどうしてただれたかの詳細を知っている人物のうち一人だでもある。大体のことは誤差で済ませるため大地も気が許せるが大地と一緒にいると変な目で見られるため部室でしか話しかけないように伝えているため部室でしか話しかけてこないが、今日は違ったようだ。

「聞いたぜ?お前左腕の包帯みんなの前で取ったんだろ?」

「ま、そういう空気だったからな」

「まったく、そういうのは感心しないよ?」

「さすが教育志望」

「関係ないだろ?」

 お互い話あい談笑する時間。それが大地にとって数少ない癒しの時間になっていた。

 そんな癒しを堪能していると、周りの生徒がざわつきだす。しかし大地が鯨飲というわけではないようだ。

「あら?貴方が食堂なんて珍しいわね」

「姉さん...」

 大地の姉、如月奏(きさらぎ かなで)。生徒会に所属している二年生だ。

「俺なんかとしゃべってないで早くお仲間さんのところへ行きなよ」

「弟と話すのはそんなにダメかしら?」

「姉さんの評判にかかわるっての」

「次期生徒会長候補さん?」

「まったく、冷たくなったものね」

「あと、いい加減髪の毛切りなさい」

「その前髪じゃ何も見えないでしょ?」

 じつは大地という男、身なりに一切気を使っていないのである。そのためまるでキノコのような髪型になってしまっていて顔は他者からは見えない。

「うっさい」

「反抗期かしら?」

「だからさっさと行けって」

「はいはい」

 そう言うと奏はほかの生徒会役員のもとへと歩いていく。

「大地って意外とお姉さんと仲いいよな」

「いい人ではあるからな」

「それよりも、お前行動役いい加減変わってくれないか?」

「それはやらないっていっただろ?」

「こちとら元々頭脳労働だったのにお前のせいで肉体労働だよ」

「うちの部活も部長のせいでいろんな依頼来るもんな」

 大地の所属している部活、お悩み解決部はかなり異質な部活だ。

 まず校内の一部にあるポストに依頼を入れるか部室を訪ねて依頼をする。すると並大抵の依頼は解決してくれるため実質何でも屋のようなものだ。

 一口に依頼と言っても種類は二つある。一つは猫探しのような簡単な依頼。もう一つは盗られたものを取り返してほしいなどの学生の範疇を超えた依頼。

 彼らはそんな依頼すらもこなす解決屋なのだ。

「しかしあの時の連中は何者なんだ?」

「知らんよ」

「知らんって...お前の腕を爛れさせた張本人だろ?」

「そうだけど...」

「っと、昼休みが終わるから教室に戻るな」

「今度の決行日は今週の土曜だ」

「了解」

 大地と文隆は食堂を後にし、教室へと向かって行く。

「俺だって知りたいんだよ」

「あの子を連れ去った...あの連中を」

 一人そう呟く大地の声が廊下の騒がしさにかき消されていく中ただ一人、その言葉を聞いた者がいることに大地は気づかなかった。

 そしてその人物こそが大地の運命をもう一度廻し始める存在になることは、この瞬間誰一人としてまだ、知らない。

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