第13話
「朝音ちゃん。オレと一緒にバンドやらない?」
「…………え?」
その言葉を耳にした時、最初に湧いてきた感情は……喜びだった。
現実ではなく、夢みたいだと思った。
私にとって、雲の上のような存在。
憧れてやまないミュージシャン。
そして、生まれて始めて好きになった人。
この世界で唯一、本当の私を見てくれるお兄さんに、バンドを組もうと言われた。
彼の言葉を脳内で繰り返す毎に、心の奥から幸せな気持ちが溢れてくる。
この瞬間の私は、これまでの人生で一番幸福だと断言できる。
だから、即答したかった。
もちろん、やります……と言いたかった。
でも、言えない。
……言える、訳がない。
私は、アイドルだ。
それも、ただのアイドルではない。
歌って踊ってライブするだけでなく、映画に出たりドラマに出演している芸能人。
アイドルというジャンルに興味を持っていない人でも知っているような国民的アイドル。
日本国内のみならず、世界の人々にも認知されているほどの存在なのだ。
そんな私が、お兄さんとバンドを組む。
まだ世間に知れ渡っていない男性ミュージシャンと、二人きりで。
無名のまま、終わるのなら良い。
私達の存在が公にならないまま、細々とバンド活動が出来たら最高だ。
でも、もしも。
万が一にも、人気が出てしまって。
私がお兄さんのバンドが、世間に知れ渡ってしまったら……間違いなく、炎上する。
私は、完璧なアイドルだった。
ファンの理想を体現する偶像として生きてきた。
男性との絡みは極力避けて、応援してくれる人が何よりも大切と言ってきた。
穢れを知らない純粋無垢な清楚な少女を演じる事で、成り上がってきた。
それなのに、アイドルを休止した後に、男性アーティストとバンドを組んだ。
その事実を知ったファンの人は、自分達を捨てて、見知らぬ男を選んだと思うだろう。
今までの私が、虚像だったと気づくだろう。
……長い間、内に秘めてきた愛情が、反転して憎しみに変わってしまうだろう。
無論、全ての人がそうなる訳ではない。
私を憎むようになる人は、数少ないと思う。
だがしかし、ファンの母数が多すぎる。
仮に、反転する人が100人に1人だとしても、数えきれないほどの人が私を憎み始めてしまう。
そうして、私を憎む人が多ければ多いほど、どのような行動に出来るのか予想できなくなる。
結果的に、私が責められるだけならまだいい。
私一人が、憎まれ、嫌われ、貶される。
非難が殺到し、過剰な誹謗中傷を受ける。
それだけなら、何も問題はない。
ファンの想いを裏切った罰として、何も言わずに受け入れれば良いだけだから。
でも、ファンの怒りが、私だけではなく……お兄さんにも向いてしまったら。
私を憎まずに、お兄さんを憎んでしまったら。
私のせいで、お兄さんまで傷つく事になったら。
……私は、耐えられない。
自責の念で押し潰されて、精神が壊れる。
きっと……いや、必ず死にたくなる。
私は、私自身を許せなくなってしまう。
「その提案は嬉しいんですけど。二人きりで、歌うのではダメなんですか?」
「ふむ。二人きりで、歌う……とは?」
「カラオケとか、二人きりでいられる空間で、バンドの真似事をするとかでは、ダメですか?」
よって、妥協案を投げかけた。
私も、お兄さんと歌いたい気持ちはある。
彼にギターを弾いてもらいながら、二人で思いっきり歌えたら、絶対に楽しいと思う。
けれど、大衆の前では歌いたくない。
前述したリスクは、出来る限り回避したいから。
わざわざ、人の前に出る必要なんてない。
誰にも邪魔されない二人だけの空間で、ひたすら歌の世界に没頭する。
それが、もっとも幸せになれる選択だ。
「いーや、それじゃダメだね」
でも、呆気なく却下されてしまった。
お兄さんは、腕を組んで私を見つめる。
自分の意思は曲げない、とでも言いたげに。
「な、なんで、ですか?」
「どーしても、オレ一人の前じゃなく、大衆の前で歌う姿が見たい。オレはね、朝音ちゃんの魅力は、多くの人の前で歌う時に発揮されると思ってる」
「…………」
「朝音ちゃんの歌には、人を歌の世界に引き込む力がある。全力で歌う朝音ちゃんの姿は、観客に感動を与えられる。そして、感動した観客もまた、朝音ちゃんと一緒に歌の世界を盛り上げる。それこそ、コーレスとかをやったりしてな」
お兄さんの主張は一貫している。
先日、彼は言っていた。
『歌もダンスも、マジでクオリティ高すぎるぜ。曲に合わせてファンと一緒にライブを盛り上げるコーレスとか、一体感ハンパなくて涙が出たくらいっ! なんていうかなー、自分の世界に引き込む力、見てる側も壇上に引き上げる魔力がずば抜けててさ。そりゃ、人気でるよなって納得させられたよ。アイドルってコンテンツに触れるのは初めてだったけど、オレもファンの一人になっちまった』
彼は、私の歌に惹かれただけではなく、アイドルとしてのスキルにも惹かれていたのだ。
だからこそ、二人で歌うだけじゃなく、観客の前でも歌ってほしいと願っている。
大衆の前で、パフォーマンスを発揮してほしいと願っているのだ。
……心が揺れる。
どうしても、想像してしまう。
私とお兄さんの二人でステージの上に立ち、大勢の観客の前で熱唱する。
二人の力で、才能で、全てで、多くの人々を歌の世界に引き込んでいく。
もしも、そんな未来が実現したら……どんなに、楽しいだろうか。
考えるだけでも、ワクワクしてくる。
幼子のように期待に胸を膨らませる自分がいた。
「私とお兄さんがバンドを組んで有名になったら、とんでもない事になりますよ。その事をちゃんと、分かっていますか?」
「ああ、分かってるよ。だから、バレないようにすりゃいいだろ」
「バレないように……?」
「覆面とか、仮面とか被ったりしてさ。最近見たアニメでも、有名なアイドルでありながら、仮面を被って正体を隠す事で別のバンドに参加してる子がいたぜ」
「……その仮面を被ったアイドルの子、最終的にどうなったんですか?」
「普通にバレてたな、正体」
「それじゃあ、ダメじゃないですか!」
私のツッコミを受けたお兄さんは、楽しそうにギャハギャハ笑う。
その態度は、あまりにも軽かった。
私の目には、事の大きさを十分に理解できてないように見えた。
……だけど。
「でも、それってそんなに重要か?」
「……?」
「言いたい事は分かるよ。休止中のアイドルである朝音ちゃんと無名のミュージシャンであるオレが二人きりでバンドを組んで、世間にオレ達の存在が露呈したら、間違いなく爆発する。炎が燃え盛って、焼け野原になっちまうかもしれない。だが、そんなのは些細な問題だと思わないか?」
お兄さんは、リスクを把握できていた。
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