第50話 頬を撫でる指と押しつけられる胸。仲間たちは旅立った──俺は間に合うのか?

 扉を開けた瞬間──


「はわわっ!?」


 小さな悲鳴とともに、茶色い三つ編みの影が俺の胸にぶつかり、薬草の束ごと転がり込んできた。


「いった……」

「……お前は」


 思わず手を伸ばして助け起こすと、少女はふらりと立ち上がりながら、こちらを見上げた。地味な服装に似つかわしくない、くりくりとした瞳と、ぽってりした桃色の唇──

 紛れもなく、薬草配送係のアルターだった。


「落ち着け、深呼吸しろ」


 膝に抱えた薬草束は、丁寧に括られていて崩れた様子もない。

 仕事への誠実さだけは、相変わらずだ。


「まったく……こんな早朝にどうした。てか、配送は昨日じゃなかったか?」


「す、すみませんっ……っ! あの、途中で寝ちゃって……ふもとの小屋で朝日を待ってたら、また寝過ごして、それで……!」


 ドジっ子にもほどがある。

 よくこの仕事が務まってるな。

 いや、ほんと、大丈夫か?


***


 アルターは、例によってまた擦り傷だらけで、エリシアが診察室で手当をしていた。俺たちは、少し離れた部屋に集まり、今後の動きを確認していた。


「……タイミング良すぎて、スパイかと思ったぜ」


 ヴェレムがそっと言葉をかぶせる。


「──まだ、違うと決まったわけではありません」


 その言葉に、俺はもう一度アルターをまじまじと見つめる。


 このドジっ子がスパイ?

 いやいや、そんなわけ──……


 いや、待て。

 妙に古医術に詳しいのは、偶然じゃないかもしれない。


(……まさかな)


 頭を振って、俺は椅子に座り直す。


「まあいい、とりあえず役割は分担通りだ。

 ヴェレムは魔王城へ。アスリナは戦団の再編。ラナは潜入。……問題ないな?」


「うむ、セレン、目を離すのは心配だが……気をつけるのだぞ。つがいの身になにかあれば、わしは……」


 アスリナが真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 いつもの凛とした眼差しに、かすかな揺らぎ。

 頬に赤みが差し、言葉の続きを口にすることなく、唇がわずかに震えた。


 不器用なやつだ。

 でも、気持ちはちゃんと伝わってくる。


(……ほんと、可愛いな、こいつ)


 不意に胸の奥がじんと温かくなり、自分で少し驚いた。


 そこへ、ラナがにっこりと笑って手を振った。


「せんせぇ、あたしがいない間、浮気したらだめだよ♡」


 にこっと笑って、ラナが俺の腕にしがみついてくる。

 ぐいっと体を寄せてくるから──


 豊かな胸が、無遠慮に俺の肩や腕に押しつけられる。

 柔らかすぎて、なんかこう、いろいろと無理がある。


 やめろ、美味いもの食ったような顔すんな。


「ラナ、がんばるから♡でもね……せんせぇがよそ見したら、ラナ、泣いちゃうからね?」


 甘えた声が耳元にそっと囁かれ、ぞわりと背筋が粟立つ。

 物理的にも精神的にも近すぎる。


「ふふ……寂しくなりますね。早く戻って、また“可愛がって”あげますから」


 ヴェレムが俺の頬を撫で、含み笑いを浮かべた。

 そういう誤解を招く言葉はやめてほしい──……のに、妙に胸がざわつく。


 ともあれ、俺は三人を見送った。

 窓の外に小さくなっていく背中を見送りながら、肩の力を抜く。

 

 ……まったく、なんだか面倒な連中だ。


 でも、誰かが転んだら、誰かがすぐに手を伸ばして。

 誰かが拗ねたら、誰かが必ず気づいて──

 そんなふうに、何だかんだで支え合ってる。


 騒がしくて、遠慮がなくて、時に振り回されることもあるけれど。


 ──それでも、俺には、なくてはならない。

 どうか、無事で帰ってきてくれ。


 俺の大事な、仲間たち。


***


 ──そして夜。


 結局、アルターは診療所の片隅でうたた寝していた。

 エリシアは診療録を書いている。


 俺は魔力を操る術式を作るため、『王立古医術典籍 第十三巻・術理篇』をぱらぱらとめくっていた。


 だが、治療と術式構築とでは勝手が違いすぎる。

 いくら読み込んでも、まるで歯が立たない。


 指先に残る紙のざらつきが、やけに冷たく感じられた。 

 残り時間は13日。


 ──本当に間に合うのか?


***


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https://kakuyomu.jp/works/16818792435685695540

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