エピローグ

風が語る、列島の物語


 それは昔々——

 世界のどこかに、“一度だけ消えた国”があったという。


 その国は、戦争で滅びたわけではなく、疫病に沈んだわけでもない。

 ただ静かに、空と海のあわいに、姿をすべらせた。


 それは、忘れるためではなく、

 思い出すための旅だったのだと——今なら分かる。


 その国の名前は、日本。

 彼らは帰ってきた。そして、自分たちで自分たちを“選びなおした”。


 貨幣を手放し、

 都市を眠らせ、

 火と水と森と語ることを覚えた。


 家々には値札がなく、

 畑には誰の土地という札もなく、

 人々は「できるときに、できることを」と言って、朝の光のなかで微笑んでいた。


 そして、外の世界が問うた。

 ——なぜ戻ったのか?

 ——なぜ隠しているのか?

 ——なぜ開かないのか?


 そのたび列島の人々は、

 “沈黙”という、もっともやさしい言葉で答えた。


 それは拒絶ではない。

 ただ——

「本当に会いたいなら、あなたが先に変わってきて」

 という、誠実な呼びかけだった。


 —


 いま、ぼくらは風に耳をすます。

 草の匂い、炊きたての白い湯気、遠くの打ち寄せる潮騒。


 そこに、“消えた国”の記憶がある。


 まだ世界は争っている。

 だけど、あの列島が証明してみせた。

 人は選び直すことができる、と。


 そして、

 その選びなおしは、いつだって「やさしさ」から始められるのだ、と。


 —


 だから今日も語ろう。

 あの国のことを。

 未来の話として、過去を讃える物語として。


 名は出さずとも、

 誰の心にも、ひとつだけ——「静かに暮らしたい場所」があるように。


 そこに、きっと。

 列島の灯りは、まだやさしくともっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帰還する未来と約束の記録 @IROHA10HADUKI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る