第28話

偽装と真実の狭間で──視察団が見た“ひとひらの本当”


 列島が“帰還”してから3日後。

 列島政府は、国際的な混乱を最小限に抑えるため、視察団受け入れを正式に認めた。

 ただしその行き先は、廃墟となった国会議事堂周辺のみに限定され、“再建準備中”の名目で各種施設への立ち入りは固く制限されていた。


 視察団の面々は、各国の高官・ジャーナリスト・軍事顧問などで構成されており、通訳を含め総勢42名。

 列島側は、廃墟となった霞が関・永田町地区を巡る無言の“沈黙外交”によって、あくまで「列島はいまだ困難のなかにある」という印象を与えることを狙っていた。


 ところが、その“緘口の舞台”に、ひとつの亀裂が生まれる。


 —


 視察行程が予定より早く進行した午後、団員の一部が東京湾岸の仮設展望台からの景観撮影を希望。

 列島側の案内官は当初「潮位が不安定」と断ったが、押し切られる形で展望スペースが解放された。


 その時だった。


 視察団の一人が、東の彼方——千葉の内湾に目を留めた。


「……あれは……?」


 太陽の光を浴びて、丘の斜面にゆるやかな段々畑が見えた。

 その中に、まるで並びを計算したかのように揺れる藁葺きの屋根。

 ひとつ、またひとつと煙が立ち昇り、棚田の縁では子どもたちと見られる小さな影が動いていた。


 望遠レンズを構えたイギリス人報道官が息を呑む。


「この国、いま農村文化を偽装してるのではなく……“選びなおした”のか?」


 その呟きを皮切りに、一気に興奮の波が走る。


「発電は?」「あれ、ソーラーファームだぞ!」「衛星地図と一致しない。隠されてる」「家畜の群れもいる!なんだあれは、ミツバチ箱だ!」


 ドイツの生態系研究顧問が顔色を変えて呟く。


「……まるで、“文明を断捨離した社会”だ……」


 担当官はすぐに遮断措置に入った。

 展望スペースは閉鎖され、記録メディアの一部はその場で預かり処理された。


「皆さま、あれは——被災後の環境回復実験区です」

「限定区域での、自然再生プロトタイプ——正式には未認可段階ですので……」


 だが、説明の語尾が消えるころには、誰もが気づいていた。


 ——これは偽装でも風景でもない。

 あれこそが、“いまの日本列島”の真の姿なのだと。


 一部の視察者は、沈黙を守ったまま眼鏡を外し、誰かが小さく笑った。


「都市の復興ではなく、人間の再構築を見せてくれた国があったとはな」


 そしてその夜、退去前の晩餐会で、あるラテンアメリカ代表がワインを掲げ、ひとつの言葉を残した。


「君たちは、消えたわけじゃない。

 世界の先に、ひと足先に着いてたんだよ」

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