第23話
再接続──未来を知らぬ者と、未来を生きてきた者たち
2025年6月25日 午前7時13分。
政府中央局の状況室に設置されたモニター群が、異常信号を検出したのはその時だった。
最初は、ごくわずかな位置座標のブレだった。
オペレーターが「干渉ノイズか」とつぶやきかけた瞬間、次のフレームで、日本列島の全体座標が“復元”された。
室内は一瞬、沈黙した。
空調の音さえ止まったかのようだった。
次の瞬間、あらゆる端末が警報を発し始めた。
レーダー、衛星通信、海底ケーブル中継、気象モデル——すべてが、「日本列島あり」という現実を再び宣言していた。
「……戻った……?」
誰かが声を漏らした。それが号令となった。
管制卓は一気に喧騒に包まれた。
地図の上に国土が復元される。
しかし、誰も確信できなかった。「これは現実なのか」「触れてよいのか」「再び消えてしまわないのか」と。
冷静を装おうとする幹部たちは、言葉遣いに慎重さをにじませながらも、その目は泳いでいた。
モニターを覗きこみ、指示を出す声は抑制されていたが、マイクを置いた手は細かく震えていた。
そして、観測担当席にいた若手技官の声が、静かに響いた。
「……巡視船〈しゅんこう〉、です。応答信号を確認。海域通信、再確立しました!」
部屋全体が、息を呑んだように反応する。
〈しゅんこう〉——列島が消失したあの日、最後に位置を送ってきた巡視船。あれから、今日まで一度も応答はなかった。
「繋げ」
一言で、管制長の指が走る。
数秒のノイズのあと、通信端末に、確かに艦橋からの音声が届いた。
その声は、予想以上に落ち着いていた。
「こちら、海上保安庁巡視船〈しゅんこう〉。観測継続中。日本中央局、状況を確認されたい。
状況は不明瞭ながらも接続された模様。進路、横浜本部を予定する」
室内にいた全員が、顔を見合わせる。
その声は、“たった今の出来事”のような温度を保っていた。
管制官のひとりが、思わず笑いながら呟いた。
「……この5日間、彼らは……まだ“初日”にいる……」
誰かが小さく泣き、誰かが祈るように天井を仰いだ。
彼らにとっては5日。
だがこちらは、丸5年を、この不在の影と共に歩んできた。
列島は、沈黙の5年を超えて帰ってきた。
だが〈しゅんこう〉は、その5年を持たぬまま戻ってきた。
だからこそ、喜びと涙が混ざる。
「本部桟橋は使えない!」
誰かが叫ぶ。「電源が切れていて、閉鎖中だった!」
「海保支部を通して、千葉から迎船を!」「いや、ドローンで接岸誘導を——」
動揺と指示が交差する中、誰もが一様に“ある光景”を思い浮かべていた。
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