第17話
国民への発表──沈黙の中の声明
列島が静かに隔絶されたあの日、政府中枢では「真実を語る」という行為が、もはや国家を危うくする引き金になりかねないという認識が支配的だった。混乱の波はすでに国境を越え、問題は“発表するか否か”ではなく、“どのように告げるべきか”という一点に絞られていった。
緊急会議ののち、政府は全国に対して一斉に非常体制を布告する決断を下した。
まず、情報の暴走を抑えるため、報道各社とSNS管理者に極秘通達が出された。テレビ、ラジオ、インターネットメディアの発信はすべて監視下に置かれ、「政府発表以外の独自発信は当面控えるように」とする文面が、固く丁寧に、しかし否応なく届いた。
一方で、現場では“見えない恐慌”が膨らみ始めていた。街には不可解な静けさとざわめきが共存し、首都を中心に外出制限が発令。やがて夜半、警察と自衛隊による合同巡回が始まった。制服を着た者たちが並んで住宅地をゆっくりと歩く光景に、窓の奥では多くの人々がカーテン越しに目を凝らした。
さらに、全国各地の監視カメラ網が一斉にフル稼働体制へと移行された。AIによる行動分析アルゴリズムが導入され、通常では見逃されるような挙動すらも即座に把握される体制が構築されていく。違反や不穏な動きがあれば、それは“事件”ではなく“兆候”として対処される世界が始まっていた。
そして、すべての準備が整った静けさの中で——午後7時、総理による国民向け緊急放送が始まった。
テレビの画面は無地に近い背景へと切り替わり、マイクの前に立つ総理の姿がそこに浮かび上がる。
彼は言葉を選ぶように一瞬だけ目を閉じ、それから静かに語りはじめた。
「国民の皆さん。
我々は今、かつてない状況に直面しています。
世界は、我々の前から消えました。
しかし——我々は、生きています。
そして、未来を築く力を、我々は確かに持っています」
その言葉は、告知というよりも祈りに近い静謐さをたたえていた。
騒然とした現実に響くにはあまりに静かで、だが、あまりにも重く、深く胸に沈んでいく声音だった。
誰も声を上げなかった。誰も動かなかった。ただその放送は、玉音放送を彷彿とさせるような時代を越えた“響き”として、画面の向こうにいるすべての人へ、ゆっくりと、まっすぐに届いていた。
それは沈黙の国で発せられた、最初の“覚悟”の声明だった。
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