仮面の下に揺れる瞳

模擬戦から数時間後。

僕は、ギルドの医務室にいた。別に怪我をしたわけじゃない。ただ、少しだけ気になったからだ。


あの仮面の勇者――彼はまだ眠っていた。

壁際のベッドで、穏やかに呼吸を繰り返す姿は、戦場で鋭い殺意を放っていたそれとはまるで別人だった。


「……少し、意外だったな」


ゼルヴィアの声が脳内に響いた。彼女は姿を見せないが、魔力を通して会話できる。


「何が?」


「お前、手加減しただろう。あの一撃――本気なら、肩どころか命を奪えた」


僕は何も答えなかった。

確かに、あのときの僕は“俺”だった。力を使いこなす感覚が心地よくて、敵を打ち倒すことに酔っていた。でも――殺したくなかった。


「……なんでだろうな。アイツ、怖かったけど……泣きそうな目をしてた」


ゼルヴィアは少し黙ってから、低く呟いた。


「力だけを求めて仮面を被る者は、往々にして心を隠す。偽りの顔に救われる者もいるが、失う者の方が多い」


僕はベッドに視線を戻した。

すると、その瞼がゆっくりと開いた。


「……気づいたか」


彼は仮面をつけたまま、起き上がった。

視線が僕をとらえる。その奥に、わずかに揺れるものが見えた。


「なぜ……とどめを刺さなかった?」


「理由はないよ。ただ、死なせたくなかっただけだ」


彼は黙って僕を見ていた。そして、しばらくして言葉を漏らした。


「……俺の名は、カイ」


「……名前、あったんだな」


彼は微かに笑った。けれどその笑みは、どこか痛々しかった。


「俺は……ずっと戦ってきた。“無価値”を否定するために。力を得れば、認められると思ってた。でも……どれだけ斬っても、倒しても、空っぽだった」


その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。

まるで、かつての僕と同じだったからだ。


「……じゃあ、今日の負けは無意味じゃなかったんだな」


「負けたのに、救われた気がした。あんなの、初めてだよ」


仮面の下の目が細められる。

その一瞬、彼の心に差し込む光を見た気がした。


「カイ。俺も昔、似たようなもんだったよ。何をしても空回りして、“無能”って言われてさ。でも、ある出会いが、俺を変えた」


ゼルヴィアの気配が微かに震える。

カイは少し首をかしげたが、詮索はしなかった。


「なあ、リク。もし……俺が“正体”を失っても、お前は……覚えててくれるか?」


「……?」


意味がわからず問い返そうとしたが、彼はもうベッドを降りていた。


「また会おう、契約者」


その背に、ほんの一瞬、見えた気がした。

“仮面”ではなく、“誰か”の顔が――笑っていた。

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