蘭麗、黒龍茶を煎れよ~茶師の旅路~

海音

序章:茶師の名家『蘭』たる者

第1話 皇の仰せのままに

「――黒龍茶こくりゅうちゃを、れよ」



玉座の間、通称『煌鳳殿こうほうでん』にその声は響く。

一瞬にして、空気が凍てついた。

あか黄金きんに彩られた広間、その中心で頬杖をつき、堂々と座す男。


――煌皇こうおう

朱色の艷やかな長髪、その名に相応しき黄金の衣を纏う。

神々しい冠が、権威の象徴である。


命を受けた緑髪の少女は、深々と静かに頭を垂れた。



「この蘭麗らんれい、煌皇様の御言みことを謹んでお受けいたします」



白と緑の洗練された衣は、皇室御用達の茶師にのみ許された色である。

彼女は、その澄んだ瞳を伏せ、長く美しい睫毛が白い肌に影を落とす。


(ついに、この命が下されたのですね。覚悟を決めなければ……)


心の奥底は、密かに揺れていた。

だが、頭を上げた彼女の瞳に、少しも曇りはなかった。



「では、失礼いたします」



蘭麗は両手指を綺麗に揃え、静かに一礼。

煌鳳殿の重い扉がゆっくりと開き、茶師の衣がなびく。

背後に皇の気配を感じつつ、彼女はそのまま歩を進めた。



――蘭麗が去った煌鳳殿にて


煌皇は玉座から急に立ち上がり、その筋肉質な身体で跳ねて見せた。


「なぁ!皆の者、聞いた!?今の!!」


年甲斐もなく騒ぐ煌皇……そう、これが彼の真の姿なのだ。

隣で勢いよく拍手をして、煌皇に笑顔を向ける女性が、一番に口を開く。


「誠に良い知らせでございますわね♡(煌皇様、跳ねたお姿すら、愛おしい……)」

「そうじゃろ〜??余が不老不死!!!最強ではあるまいか!!!はっはっは!!」


このド天然な煌皇を、幼少の頃から世話してきた側近の香柚かゆうもまた、煽ててしまう性。


こうなると、もうこの場は収まらない。

すると、煌鳳殿の奥から大柄な男性が現れた。


「二人共、お静かに。煌皇陛下、貴方はいつも調子に乗って……私が陰でどれだけ苦労しているか、少しはお考えくださいませ」


冷静に煌皇と香柚を諭すのは、玄馬げんばという参謀長官たる人物。


「何じゃ、玄馬はノリが悪いのぅ。茶師の少女……『蘭麗』と言っておったか。あの“黒龍茶”を余の為に献上するのじゃぞ!?不老不死の幻のお茶ぞ!?!?」

「その様な茶、陛下は本当に存在するとでも?……いくら茶師の名家でも、彼女は死にに行くようなものでごさいます」


玄馬に現実を突きつけられ、分かりやすく肩を落とす煌皇。

すかさず香柚がやってきて、煌皇の背中をさする。


「玄馬。黒龍茶の葉を摘むのは……そんなに、大変な事なのか?余には解らぬのだ」

「はぁ……陛下、それ位はご存知なのかと思っておりましたが……私が馬鹿でした」

「ばっ…馬鹿!?!?」

「茶の界隈では、有名な話でございます。……あの少女が、再び煌鳳殿に現れないことも、どうかお考えを」

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