調書3 鳴り止まない

 結局 入院中は、ノックの音に毎晩、悩まされる事になる。無視する度にノックの音は大きくなり、開けて、開けて、閉じ込めないでと懇願してきた。私は無視を続ける。


 足の怪我も良くなり、退院の日が訪れた。また父のいる家に戻ると考えると心が沈んだ。足なんて治らなくて良いとさえ思ってしまう。


 とにかく、家には帰りたくない・・・・・・


 退院の日に不思議な事が起こる・・・・・・それは、家に帰る為、荷造りをしていた時だ。


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 ノックの音だ。担当の看護師さんが別れの挨拶に来てくれたのだろうか?私は病室の扉を開けた。


 そこには誰もいなかった・・・・・・


 いつもノックの音が聞こえるのは夜だった。昼間に聞こえてくる事なんて無かった。私は不思議に思いながらもまた荷造りを再開する。


 またノックの音が聞こえてきた・・・・・・


「宮田さん、入るわよ」


 扉の向こうには担当の看護師さんだった、私は安堵する。おそらく別れの挨拶に来てくれたのだ。


「今日で最後ね、宮田さんと会えなくなるのは寂しいわ」


「入院中は本当にお世話になりました。おかげさまで楽しく過ごす事が出来ました」


「うん、私も楽しかったわ。いつでも遊びにきてね」


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 またノックの音だ・・・・・・私は看護師さんへ聞いてみる。


「あの・・・・・・ノックの音が聞こえませんか?」


 看護師さんは不思議そうな顔で私を見る。


 聞こえてないんだ・・・・・・私はすぐに察し、聞いた事を後悔した。


「ノックの音なんて聞こえないわよ。気のせいじゃない?」


「そう・・・・・・ですよね。私の気のせい・・・・・・ですよね。変な事聞いてしまいすいません」


「宮田さん、大丈夫?」


 ノックの音は確かに聞こえたのだ・・・・・・


 学校に復帰し、いつもの日常が戻ってきた。静かな入院生活も良いが賑やかな学校生活も好きだ。


 ノックの音も次第に忘れていくだろう・・・・・・


「宮田さん、入院お疲れ様、足が治って良かったね」


 登校の初日、朝から、私はクラスメートに囲まれた。骨折すると一時的にヒーロー扱いされるのが不思議だ。


「ねぇ、宮田さん、入院中の怖い話しとか無いの?あったら聞かせてよ」


 あるクラスメートの質問に毎夜、聞こえるノックの音を思いだした。この話しを冗談半分に話してみよう・・・・・・


「怖い話し・・・・・・あったよ。病室に毎夜、毎夜ノックの音が聞こえるの」


「えっ何それ、怖い。聞かせて」


 クラスメートが集まってくる。年頃の女の子は、この手の話しが好きだ。私は声を作り、話しを続けた。


「でもね、扉を開いても誰もいないの・・・・・・次の日もまた次の日も・・・・・・」


「宮田さん、怖い・・・・・・」


 怖がりながらもクラスメートは楽しんでくれている。そのときだ・・・・・・


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 ノックの音が聞こえた・・・・・・


 私はクラスメートに聞いてみた。


「ねぇ、今ノックの音が聞こえなかった?」


 クラスメートは一瞬、静まり返る・・・・・・誰も聞こえてないようだ。


 私はゆっくり、立ち上がると教室の扉を開いた。廊下には誰もいない。


「もう、宮田さん、辞めてよ。恐がらせるの上手すぎ・・・・・・ノックの音なんて聞こえないよ」


 やっぱり私にしか聞こえないんだ・・・・・・夜の病院だけじゃ無く、昼の学校でノックの音が聞こえるのは恐怖を感じた。

 

 その日から徐々にノックの音が聞こえてくる事が多くなる・・・・・・


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 授業中に、教室の扉から・・・・・・


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 トイレの個室で・・・・・・


 こん・・・・・・こん・・・・・・


 帰り道に、民家の扉から・・・・・・


 どこからでもノックの音は聞こえてくる。音は徐々に大きくなり、もう無視する事なんて出来なかった。


 一番、酷いのは家に帰った時だ・・・・・・


 家に帰宅し、父が帰って来るまで夕飯の準備をする。しっかり家事をこなさないと、いつ暴力をふるわれるか分からない。


 父の機嫌を損ねないよう、気を使わなければならない・・・・・・

 

 玄関の扉が開いた・・・・・・扉を開ける音で父の機嫌が分かってしまう。今日は酷く乱雑な音だ。きっと機嫌が悪いに違いない・・・・・・


 もう、嫌だ・・・・・・逃げたい・・・・・・その時だった。


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 いつもより、大きなノックの音が、家中の扉から聞こえてきた・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 ノックの音は止まらないどころか更に大きくなっていく・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 頭が割れそうだった・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 耳を塞いだ・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・


 どん、どん、どん・・・・・・



 ――鳴り止まない 考察――


「ねぇ、先生・・・・・・聞こえませんか?」


 彼女はそう言いながらしきりに机を手で叩いている・・・・・・ノックの音の正体は、彼女自身がその手で叩いていたものだった。


 彼女の手からは真っ赤な血が溢れ出す。私は彼女を必死に止めたが何度も机へ手の甲を叩きつけた。


「もう、大丈夫ですよ」


 なんとか叩きつける手を押さえ、彼女を優しく包み込む・・・・・・


 ノックの音は彼女自身を守ろうとするSOSのサインだった。やはり父親の暴力は続いていたのだ。


 彼女との病院でのカウンセリングが終わり次第、彼女の父親との面談を行った。彼女の父親は暴力は隠していたが、私が激しく問い詰めると白状した。


 もう彼女と生活をすることは困難だ・・・・・・もう、施設と警察には話し、段取りは整っている。すぐに彼女を保護をして父親と離した。


 もう少し早ければ・・・・・・机の血の跡を見て、そう思わずにはいられなかった。



 










 

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