凪12

 廊下を駆けて行った先輩に追いついて聞いた。

「実習棟はなんとなくわかったんですけど、情報科管理室って、どこにあるんですか?」

さっきは結局フィナンシェもらっただけ。

「まあまあ、だいじょぶだよ。ほらこっち!」

二階へと続く階段を指差して、また走って行ってしまった。


 二階の一番端の教室のドアの上のプレートには『情報科管理室』と書かれていた。

「……ここですね」

「そのとーり!そんじゃ、ったんたかたんたんっと。失礼しまーす!」

相変わらず、へんなノックで情報科管理室のドアを勢いよく開けた。

「…………もう君のノックには何もツッコまないよ」

教室の中から、かなり若い男性の教師が出てきた。高校生と言われてもギリギリ信じてしまいそうなほどに。そして、やっぱりここでも、先輩はいつもこのよくわからないノックをしているみたいだ。                                                                 

それはそうと、出てきた教師が先輩を”君”呼びなのはなぜなんだろうか。でも表情から、明らかにうっとうしいって思っているのがわかる。

「で、何しに来たんだい」

若い男性教師は、イライラしているようで頭をかきむしっている。

「は~い、くじらさん。そんで聞きたいことがあるんだけどね」

鯨さんって、ついに動物になっちゃったよ。先輩が呼んでる先生のあだ名。

彼は、情報科管理室の鯨井和也先生。松岡先生から聞いた人だ。

「呼び方を…………はぁ、もう何を言っても無駄な気がしてきた。聞きたいことってなんだい」

完全にあきらめちゃったよ。

「一昨日のね、マユミちゃんとまっちゃんの授業の時間割みたいなのってある?」

先輩は自信満々のような感じで聞いてるけど、相手のほうの表情は、怒りや呆れすら通り越してもはや寝てるような感じになっている。わけがわからない………

「………苗字で言ってくんない?……まあ無理か、はぁ……」

「……永谷先生と、松岡先生です」

一応補足しておいた。

「そうそう、なにか情報ある?」

鯨井先生は怪訝そうな表情をして聞いてきた。

「何故君にそんなことを教えなければならない?」

まあ、そりゃあそうだよね。生徒にそんなことを教えてくれるわけないか。

「……んー、じゃあ、エイジのことは何か知ってる?」

突然、先輩が質問した。

「エイジ?ああ、君がよく言っている石田先生のことだろう。何かあったのかい?最近欠勤のようだが」

どうやら、事件については何も知らないようだ。ほかの先生には聞いていないが、もしかしたらまだ知られていないのかもしれない。

「そっか………実はエイジね、死んじゃったの」

「は…?」

鯨井先生の目が見開かれる。

「どういうことだ?彼が死んだ?」

理解できない、というように頭を横に振った。

「殺されたの、一昨日。だから、あたしたちはその犯人を捜してるの」

先輩が真面目な声色で説明した。

「……なるほどな。君は探偵だったね、そうか…………」

少し間をあけて、鯨井先生が答えた。

「OK、仕方がない。僕が知ってる情報を教えよう――」

「ありがと!!はいこれ!」

先輩は、鯨井先生に小さな包みを渡す。

「………これは?」

鯨井先生は、若干頭を抱えて聞いた。

「フィナンシェ!家庭科部のシズが作ったやつ」

「………そうか。仕方がない………実は職員室には、教員がしっかり業務をこなしているかってことで、監視カメラが設置してある。まあどちらかと言えば、教員が居ない夜間での盗難などに備えてかもしれないが、ね」

……なんの話だろう?

「時間も記録されてるから、確認してみると良い」

「ほんと!?やった!ありがとう!!」

どうやら、フィナンシェは取引用だったらしい。


 鯨井先生は、モニターの右上の日付の表示を指で示した。

「これだ、これが一昨日の一時頃だな」

続けて、画面中央にある机、左端にある机を順に指し示した。

「で、ここが永谷先生、こっちが松岡先生だな」

なるほど、この映像で、その時間に職員室にいたかどうかがわかるというわけだ、が…………

「え、あの、質問いいですか?」

思わず、鯨井先生に聞いてしまった。

「なにかね?」

「松岡先生の席、誰もいませんけど………」

もちろん先輩も気づいているようだ。

「そーだね。なんで?」

「ああ、一昨日は松岡先生は休みだったんだよ。朝電話があってね。『体調が優れないため、欠勤させてほしい』ってね。ほら、電話の記録」

鯨井先生が投げてよこした紙には、日付と時間、電話番号や名前などが書かれた表が印刷されており、真ん中より少し下あたりに赤いボールペンで下線が引かれている。そこを見ると、知らない名前の中に、松岡直之の名前があった。松岡先生の下の名前、直之っていうんだ。………ていうか、電話の記録なんかもあるのか。さすが情報科管理室。

「なるほど……まっちゃんはその日は休みだったんだね」

そのまま映像が過ぎて行って、一時半を過ぎて、二時になっても、永谷先生は席から一回も動かずに、パソコンを使った作業をしていた。教師って大変そうだ。

「永谷先生、全然職員室から出ませんね」

「そうだね、くじらさん、この後ってどうだったの?」

鯨井先生がキーボードを操作して、映像を倍速再生にした。

「この通り、時間までめいっぱい作業して、その後は普通に帰ったな」

「なるほど…………」

先輩が、手帳にメモをとっている。

「ああ、そうだ、忘れるところだったな。この日、僕は石田先生に電話かけたんだ。彼は無断欠勤だったからね。僕が帰る直前にな」

「えっ」

とてつもなく重大な情報を急に出してきた。

「それっていつ頃!?」

先輩も食いついてきた。

「たしか………五時くらいだったかな、午後の五時。かけたけど、誰も出なかったんだ」

午後の五時、ってことは。

「……その時はもう、ってことなのか?」

鯨井先生が聞いてきた。

「たぶん、そうだと思う…」

先輩はメモを確認しながら答えた。

「…………よし、おっけー」

先輩はパタンと手帳を閉じて、鯨井先生のほう向いた。

「ありがとね、くじらさん」

「ああ、他に聞きたいことはないか?一ノ瀬くんも」

「え、なんで私の名前知ってるんですか?」

思わず声を上げてしまった。

「聞きたいことはそれか?」

「え?あいや別に………って、そりゃ当然ですよね。ここなら生徒名簿くらいありますよね」

「ああ、言うまでもなかったか」

まあそりゃそうだよね。

「あ、あと、さっきから聞きたかったんですけど」

「ん?なんだ?」

一つ疑問に思ってたことを聞いてみよう。

「なんで生徒を”君”って呼んでたり、距離感が近いんですか?なんていうか、会話の感じがちょっと同年代の友達って感じしません?」

おもにフィナンシェを受け取るところとか。

「ほう、言葉遣いに気を付けていたんだがな」

「それも、かっこつけてる感じで逆効果な気がするけどね」

先輩が口をはさんできた。

「………まあそれは、あれだ。このナリだからな、生徒が勝手に距離感バグった感じで接してくるからな。」

と、先輩のほうに視線を向けて言った。

「だから、こっちも相応の距離感にしてやってる」

なるほど、若いからそういうこともあるのか。

「んで、そしたら友達が減った」

先輩がまた口をはさんできた。………いやなんの話?

「…………ま、何でもいいけどな」

鯨井先生はくるりと振り返った。

「ああ、そうだ。君たちも気をつけたまえよ。それじゃあな」

そう言って、情報科管理室の奥へと戻っていった。

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