第15話 初めての体育祭へ
「そういえば龍哉くん」
「どうした?」
僕がぐっすりさんだったからか、安心して寝れた龍哉くんが元気な顔で、僕にお茶碗を渡してくれる。
雑穀ごはんのいい香りが、僕の鼻をくすぐる。
今日はお味噌汁に銀鮭さんの和風って感じの朝ごはん!
程よく脂がのった銀鮭さんで雑穀ごはんが進むし、
小皿に添えてくれた、たくわんのぽりぽり食感でさらに美味しい!
お豆腐とわかめのお味噌汁で一息つくと、寝ぼけてるからだがぽわっとなって目が覚めてくる。
うーん、素朴だけど龍哉くんの丁寧な仕事で沁みるおいしさだよぉ。
って、話を振っといてごはんの誘惑に完全に負けてた。
「もうそろそろ体育祭だよね」
「あぁ、そんな時期か」
体育祭。
それは、もっとも僕に縁のない行事。
運動神経さんが壊滅どころか最初から不在で、そもそも運動したら死にかねない僕ができるわけもなくて。
そして、そんな僕の面倒を見るために、今までずっと龍哉くんも不参加だった。
だから、一度として僕たちは地震後に参加したことがない行事になる。
「僕さ、せっかくだから何かしてみたいんだ」
「体育祭で?」
驚いた顔の龍哉くんが、まじまじと僕を見つめてくる。
「競技に出るわけじゃないよ?僕だって、それは流石にわきまえてるというか」
「競技以外、か」
たぶん、動かない分には大丈夫な気がするんだよね。
日陰にいて体温管理をしっかりして、影ちゃんの補助とかもあれば、いけると思う。
それでも、心配そうな顔をしてくれる龍哉くんに、僕はへにゃりと笑いかける。
「それに僕。体育祭で、龍哉くんの格好いいところみたいんだ」
そう、僕の本当の望みはこっちなんだよね。
この目で龍哉くんの勇姿をみたい!
僕の龍哉くんはすごいんだって、みんなに自慢したい!!
そのためには僕も何かした方が堂々と見れるかなって。
うん、完全に僕のわがままだね!
僕の言葉に、龍哉くんが口元を手で隠しながら、少し目をそらす。
戸惑いながらも嬉しいときの龍哉くんの癖に、僕はうれしくなる。
「……だめ?」
「だめじゃ、ない」
そういって、龍哉くんは苦笑い交じりだけど、嬉しそうに笑ってくれた。
うーん、まだ夏休み終わってそんなに経ってないからまだまだ暑いねー。
今日も僕は、登校すると机さんにぺたりと突っ伏してます。
このひんやりとした心地よさを心置きなく満喫できる幸せ……!
僕にとっては危険な存在だった机さんが、頼もしくなる日が来るとは思わなかったから、堪能しなきゃ。
「最近、その恰好お気に入りですね」
「あ、楓ちゃん」
楓ちゃんが、突っ伏して乱れた僕の髪を優しく整えてくれる。
こういうのを自然にやってくれるの凄いよね。
……龍哉くんもしてくれるし、澪ちゃんも得意だし。
あれ、僕の周りお世話名人ばかり?
「お気に入りというか、机さんの冷たさって心地よかったんだなぁって」
僕がなんとなしに言うと、楓ちゃんが少し悲しそうな顔をする。
「沙穂さんが、それで何度も体調崩してましたからね」
「うん、僕ぽんこつさんだから何度もやっちゃったんだよね」
僕はわざと、おどけるように笑ってみる。
楓ちゃんがずっと、僕を見てくれていたのは知ってる。
だから、普通の人の当たり前すら大変なことだった僕を見てきてる。
うぅ、そんな顔させたかったわけじゃないんだけどなぁ。
へにょっと下がった眉に気付いた楓ちゃんが、僕の頭を優しく撫でてくれる。
僕の気持ちが伝わったのか、楓ちゃんは優しい顔になっていた。
「でも、油断しては駄目ですよ?」
「はーい」
たしかに、元気になったといっても相変わらず僕はへっぽこさんだからね。
気を付けないとね!
体を起こそうとするけど、一度スイッチが切れた体はなかなか動いてくれない。
と、思ったらふっと体が浮き上がって。
僕が目をぱちくりさせてる間に、背もたれに深く座る姿勢になっていた。
「龍哉くん!」
僕にとって当たり前の大きな手の感触が、すぐに誰がやってくれたか教えてくれた。
「これでよかったか?」
「うんっ」
動けるようになるのはもう少しかかるけど、一度起き上がれば少しはましかな。
「そうだ、委員長」
「はい、なんでしょう周防さん」
そうそう、楓ちゃんはクラス委員長もしてくれてるんだよね。
頭もよくて運動もできて、奇麗で、落ち着いていて、声もきれい!
委員長感より、大和なでしこさん感が強いけど、納得だよね。
「今年から、俺も沙穂も体育祭休まない」
「……え?」
龍哉くんの言葉に、楓ちゃんが固まり、龍哉くんと僕を交互に見る。
「僕、少し元気になったでしょ?だから、競技は無理だけど、応援とかしたいなって」
「沙穂が頑張るなら、俺が休む必要はないからな」
僕と龍哉くんの言葉に、クラスの一部がざわついてくる。
ざわついてるのは、中学校でも一緒だった人たちが中心で。
「え、さほちが応援するの!?まじで上がるんだけど」
いつの間にか近くに来ていた陽菜ちゃんが、僕にスマホを向けながら目を丸くしてる。
陽菜ちゃんは高校からだけどなんかうれしそうだね!?
あ、撮るんだね。
いぇーい、ぴーす!
なんか流れで陽菜ちゃんに撮られていたら。
椅子を蹴っ飛ばす勢いで、翼くんがやってきた。
「おい、え、まじか!?龍哉、お前出るのか!!」
龍哉くんに詰め寄るその顔は、驚きと喜びが溢れているみたい。
翼くんは、小学校の頃からの知り合いで。
地震前の龍哉くんと男の子で一番よく遊んでいたのを覚えている。
「まじか……まじかよ!!」
「……おう」
あまりの勢いに、龍哉くんが少しびっくりしてる。
翼くんは、龍哉くんの手を取って、まっすぐに龍哉くんの目を見上げて。
「やっと、やっとだな龍哉!俺、ずっと待ってたんだぞ」
「……翼」
少し涙ぐんだ翼くんが、袖で目元をぬぐうと。
「なら、勝たねぇとな!」
にやり、と笑った翼くんに。
「沙穂が応援してくれるなら、負けるわけねぇだろ」
龍哉くんも、それににやりと笑い返した。
陽菜ちゃん!!
あっち、今シャッターチャンスはあっち!!
撮って、あの超レアな龍哉くんを!!
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