第14話 周防龍哉という男②【柏木 湊】

周防龍哉くんがどんな人かって聞かれたら。


ぼくなら『いつも必死な目をしてる人』って答えるかな。


ぼくは、柏木 湊(かしわぎ みなと)


中学校からのあだ名が目隠れ図書委員。


うん、その通りだから否定するところはないけどね?


小さい頃から本が好きで、小学校から高校までずっと図書館に通い続けてるよ。


人と目が合うと緊張しちゃうから、前髪はつい伸ばしちゃうんだ。


幼馴染の澪ちゃんがそれを分かって切ってくれるからいつもお願いしてる。


だから、ぼくは小学校からやってることも見た目も変わらなくて。


ぼくの世界は、本と、幼馴染の澪ちゃんぐらいだった。




そんなぼくが、周防くんと出会ったのは、中学校一年の頃。


ずっと本を読んでるぼくでも、さすがに周防くんと八星さんの二人は有名で印象に残ってた。


去年まで小学生だったとは思えない、180cmを超える長身に、鍛えあがられた体。


なにより、左半分を覆う火傷と傷の痕。


正直、ヤクザが年齢偽って中学校に入学したのかな?って思ったよ。


ちゃんと見ると、年相応の顔つきとかしてるんだけど……。


でも、目がぼくたちとは全然違うんだ。


にらみを利かせるような、圧があって。


八星さんにだけほんのり笑うときを除いて、休まるときがない。


──今なら、あれは余裕がない目だったんだってわかるけど。


当時はそれが怖くてね。


今よりもっと八星さんが虚弱だったし、近付こうとする人は少なかったね。


もちろん、ぼくも。


それに、別に問題を起こすとかはまったくなかったから、けっこう図太いぼくは気にせずに本を読んでたよ。




そんなぼくが、周防くんに話しかけられる日が来た。


図書委員だったぼくが、図書館で受付をしながら本を読んでた時だった。


珍しく周防くんが一人で図書館にやってきた。


困った顔をしながら、少し焦ってるみたいで。


ぼくを見つけると、一瞬だけ迷ったけどこっちにやってきた。


「料理の本を探してるんだ」


「えっと、料理の本でも色々あるけど」


本なら何でも好きな活字中毒なぼくは、そのあたりも一通り流し読みしていたからすぐ思い当たった。


料理でも、和食や洋食のレシピから、節約とかアレンジとか範囲が広い。


「……女の子が喜びそうなのがいい」


それだけで八星さんのためだな、と分かった。


でも、女の子が喜ぶ料理の本か。


「お菓子の作り方とか?」


「いや、菓子じゃなくて料理のほうで頼む」


となると、確かあれがあったかな。


「可愛い盛り付け方とか、飾り切りとかの本ならあるよ」


「……あぁ、そういうのだな」


ぼくは迷うことなく本棚に向かうと、数冊の料理本をもってきてカウンターに並べる。


「これとかがそうだけど、どうかな」


真剣な目で、ぼくが持ってきた本に素早く目を通していく。


「これだ。これを貸してくれ」


そのうちの一冊が目当ての内容だったみたいだ。


ぼくが手早く貸し出しの手続きをしていると。


「……すごいな。あれだけで、見つけられるのは」


「ただ単に、ぼくが本が好きなだけで……」


「それでも、だ。俺が探してたら日が暮れてた」


ぼくの謙遜は、まっすぐな目に遮られて。


「助かった」


ぼくは初めて、まっすぐに周防くんの目を見た。


圧が強いと思っていた、その目は。


どこまでもまっすぐなんだと、一目でわかった。


「……い、いいよ気にしないで。周防くんの役に立ったなら光栄だよ」


思わず目をそらしたぼくは、手続きの終わった本をカウンターに置く。


「……知ってるのか?」


名前を呼ばれたのが意外だったのか、少しだけ目の圧が緩む。


「周防くんは有名だし。……クラスメイトだからね」


「っ、すまん」


まぁ、ぼくも影が薄いから仕方ないとは思うけど。


八星さんを見るのに必死で、他の人が眼中にないんだろうとは思ってたよ。


「ぼくは湊。柏木湊だよ」


苦笑しながら手を差し出すと。


「悪い、湊。本当に助かった、また頼む」


想像以上に大きくて力強い手で、握手されて。


本を受け取った周防くんは、踵を返すと速足で去っていった。




それから、時々図書館にやってきた周防くんが欲しい本を聞いて、ぼくが渡す日ができた。


欲しがる本は多種多様で、でも全部それが八星さんのためなんだってわかるラインナップだった。


寝かしつけるのに丁度いい本を頼まれたこともあったかな。


結構な無茶ぶりも多かったけど、それなりに満足させれたと思ってる。


だからか、本に関してはかなり頼ってくれるようになって。


何より、あの周防くんに頼られるのはだいぶ誇らしかった。


ぼくの本好きが人の役に立ってると思えて、より読書に熱中するようになったし。


それに、僕と澪ちゃんが困ってるときに、助けてくれたことも何度もあった。


毎回ささっと助けてすぐに去っていくから、周防くんは覚えてないかもだけど。


図書館以外でほとんど話すことがなかったけど、ぼくは友達だと思ってたよ。




そんな周防くんが、最近必死な目をしなくなった。


穏やかで、力の抜けた目で、でも相変わらず八星さんを見つめてる。


最近の八星さんは、澪ちゃん達とよく一緒に居る。


澪ちゃんも八星さんが大好きだから嬉しそうでぼくも嬉しい。


でも、そうなるといつも一緒だった周防くんが一人になる。


お昼に女の子たちが仲良く固まってて、さすがにそこには入れないのか。


ちょっと困った雰囲気で固まっていた周防くん。


だから、ぼくは手を振って。


「周防くん、一緒に食べる?」


「ちょ、湊!?」


「お、いいじゃん!」


うろたえる廉くんに、うれしそうな翼くん。


呼ばれた周防くんは、八星さんに一度視線を向けて。


八星さんが、笑顔で頷いたのが見えたら。


こっちに歩いてきて。


「助かった、湊」


「いいって。ぼくも、一緒に食べたかったんだ」


「……そうか」


そういう周防くんの顔は、柔らかかった。


うん。


ようやく、君と友達らしいことができそうだ。


そう思うと、いつもよりお昼ご飯も美味しそうで。




……分けてもらった周防くんのお弁当は想像をはるかに超えて美味しかった。


見た目まで料理本の写真を超えてる完成度なのはどういうことかな!?

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