第1話 だって私はこんなところにいるはずの人間じゃないし


国語98点

数学99点

社会100点

理科100点

英語100点


筆記テストで落としたのはわずか三点だった。

だというのに、結果は不合格。私、「真洞まほら優英ゆえ」は私立猩々しょうじょう学園に入学できなかった。

世の中なんてうまくいかないことばかりだ。

 …………本当に、思い通りにならないことばっかりだ。


「令和七年度蒼天そうてん高校入学生、起立!」

 猩々学園に絶対受かると信じていた私は、他の高校を一切受験していなかった。後期受験も逃した私が入れる高校は、定員割れしていて追加募集をかけていた蒼天高校だけだった。

 蒼天高校は家から二十分くらいの所にある高校で、通学路には通っている予備校もある。

 ただ一つ。とある問題を除けば、大学までの繋ぎとして通うには及第点の学校だろう。

「一年一組! 会田由美、飯田五郎——」

 長いながい入学者呼名を聞き流しながら、私はちらりと周りの生徒を見た。

 右隣に立っている女子生徒は入学式だというのに、堂々とスマホをいじっている。あんな武器になりそうな長いネイルでスマホをいじるなんて器用だなぁ。

 左隣に立っている男子生徒は——制服にやたらと刺繍が入っている。袖丈もなんだか変だし、改造制服みたいだ。

 なお、私の前に立っている男子生徒はというと、髪を染めていた。よくある金髪とか茶髪とかじゃない。まさかの赤と緑だ。クリスマスかよ。


 ……この学校、実は近所でも有名な不良校なのだ。


 クラスの十パーセントは授業をさぼり、頻繁に他校の生徒ともめ事を起こし、ケンカをし、卒業率は市内でも最低。ついでに言うと、偏差値も市内最下位。


 色んな意味で最低最悪の高校。それが市立蒼天高校。

 噂ほどひどくはないでしょ、と思っていたけれどそうでもないみたいだ。

「はあ…………」

 これから先のことを思うと、自然と口からため息がこぼれた。

 まあ、大学受験のために高校卒業の証明書だけもらえればいいのだ。蒼天高校の勉強のレベルは期待できないけど、予備校でどうとでもなるし。

あたりさわりなく、面倒ごとには首を突っ込まず、三年間を過ごせればいい。たった三年の辛抱だ。三年我慢したら、楽しい大学生活が待っている。

 そう、絶対に目立たずに、周りと関わらずに過ごすのだ。




 入学式が終わって、一年五組の教室に私たちは移動した。

今は先生が来るのを待っているところなのだけれど……。


「ツキちゃん、ツキちゃん! ねえ、ツキちゃんってば!」

「……」

「そんなにそっけないと、ほっぺツンツンするよ! ほーら、ツンツン、ツンツン!」


 何故だか知らないけれど、私のほっぺたをクラスメイトが突っついてくる。ついさっき目立たずに周りと関わらずに過ごすって決心したところなのに、むやみやたらと構ってくる。

 ちなみに、私はこの子とは初対面だ。

 初対面のはずなんだけど、私を変な名前で呼んで——って、もしかしてこの子、「ツキ」って人と私を勘違いしてる?

「うわ。ツキちゃんのほっぺ、引くほど伸びるね……お餅みたーい」

「あの、私は真洞優英って名前で、ツキって人じゃないです。人違いだと思うんですけど」

「知ってるよ! だって、入学者呼名で聞いたもん。『優英ちゃん』だから『ツキちゃん』なんじゃん!」

「い、因果関係が見えない」

「月って漢字は中国語読みでユエじゃん? だから優英ちゃんはツキちゃん!」

「は、はあ……」

 納得はしたけど、変なあだ名をつけるのはやめてほしい。

 人違いじゃないとすると、もしかしてどこかで会ったことがあるのかな……?

「すみません、もしかして前にどこかで会いました? 幼稚園とか……」

「ううん、初対面だと思うよ!」

 初対面だった。初対面でこの距離感なの? 距離感おかしいんじゃないの?

「……あなた、何なんですか」

 私はそのクラスメイトをジトっと見つめながらそう尋ねた。

「そういえば、自己紹介忘れてた。私はねえ、鷹嶋たかしま深桜みおうだよ! 深桜みおうちゃんでもミオちゃんでも、ミオっちでもさくっちでも好きなように呼んでね!」

「聞きたいのは名前じゃなくて、いや、確かに名前も聞きたかったけど!」

「ああ、ごめんごめん! 初対面の人にしつこく絡んで何がしたいのかって意図の質問だよねー。さすがに分かるよ。私もこれ、初対面の人にやられたら軽く引くもん」

 その返事に私は面食らった。多分、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。

 変なことしてる自覚はあるんだ。意外だ。

「こんなにぐいぐい話しかけてごめんね。でも、我慢できなくて」

 鷹嶋深桜は前髪をいじりながら、話を続けた。

「蒼天高校って校則が緩いじゃん。だから、みんなパーマとかカラーとか、メイクとか……ピアスを開けてる人までいるのに」

 その中で! と鷹嶋深桜は私をピシッと指さした。

「ツキちゃんはパーマやカラーどころかまさかの黒ゴム黒アメピンの地味な一本縛り! メイクはおろか日焼け止めすら塗ってないっぽいし! 四月の紫外線舐めてるの⁉」

「もしかして私の事さりげなく貶していません?」

 確かに、鷹嶋深桜は美少女だ。メイクはバッチリだしよく似合っているし、髪は染めていないみたいだけど、手の込んだ編み込みヘアにしている。

 誰もが認める美少女だけれど、だからといって何を言っても可愛く見えると思うなよ。

「だから、どうしても気になって。あわよくば……って、あー何でもない」

「鷹嶋さん、すごーく余計なお世話です」

 というか、『あわよくば』って何だろう。気になる。

「ねえねえツキちゃん。鷹嶋さんってちょっとよそよそしすぎない? 鷹嶋って名字可愛くないし、名前とかあだ名で呼んでよ」

 そりゃあ、こんな変な美少女と仲良くしたくはないからね。よそよそしいに決まっている。

 ……まあいいや。そっちが変なあだ名で呼んでくるなら、私も変なあだ名で呼んでやる。

「じゃあ、サクサクって呼ぶよ」

「おおー、いいね! サクサク、気に入ったよ!」

 そんな私の思惑は、あっさりと打ち砕かれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る