第8話 彼とギフト


 2組の教室の前まできたら、いつもと様子が違いざわついていて、誰かの泣き声が聞こえてきた。


 自分の教室に戻ろうとしていたレオンス様も足を止めるくらいの泣き声だった。


 教室の奥には人の輪が出来ていて、泣き声はその中から聞こえてきた。


 私がレオンス様の顔を見ると、レオンス様の眉が寄せられて教室に入ろうとするのを止められる。


「何かあったのかもしれない。少し様子を見よう」


 人垣の輪の一番外にいた一人の女生徒が私を見つけると掛け寄ってきた。


「アネットさん、サラさんが大変なんです!」


「サラさんが?」


「ちょっと様子を見てきます」


 私はレオンス様に断りを入れようとしたが、強い力で手首を掴まれる。


「ダメだ、近付かない方がいい」


「でも……」


 私が言い返そうとしていたら、泣き声が止んで今度はざわめきが大きくなった。


 すると人だかりが割れて、中から一人の女子生徒が現れてずんずんとこちらへ向かって来ようとしている。


 その生徒は髪型がサラさんによく似ていたが、その顔はまるで顔中を蜂に刺されたかのように何カ所も赤く膨れていて、表情は怒りで歪み、泣いて充血した目は血走っていて、まるで魔物のようだった。


「アネットっ!お前のせいだぁっ!お前のせいだぁ!」


 そう叫びながらサラさんだと思われるその人物が髪を振り乱しながら私の元へやってくる。あまりの迫力に誰も止める事ができなかった。


 私は恐怖で一歩も動く事ができなかった。


 そんな私を背に庇うようにレオンス様が前に出る。


「アネットに呪いを送ったのはお前だな」


「うるさいっ!」


「自分の呪いが返されるなんて思わなかったのだろう」


「私はっ!こんなに強い力は持って無い!せいぜい顔が少し腫れればいいと思っていただけだっ」


 サラさんがそう言った時に担任の教師と養護担当の教師が教室にやってきた。


「大丈夫ですか、コベールさん!」


 教師の自分への声掛けに、サラさんがはっと顔を上げて教師を見る。


「先生っ、フォールさんが私の顔をっ」


 今しがたまでの怒声とはまるで違う声でサラさんは養護教師に泣きつく。養護教師はサラさんの背中を優しくさすりながら、落ち着かせるように何か声を掛けているようだった。


そしてサラさんは泣きながら養護教師に連れられて養護室へ向かって行った。


 担任の教師はサラさんの顔を見て一瞬ギョッとした顔をしたが、サラさんの言葉を信じて彼女を被害者と思い込んだ教師が私に厳しい表情を見せる。


「フォールさん、別室で話を聞かせて下さい。他のみなさんは自習と致します。そこの男子生徒は自分のクラスへ戻り午後の授業を受けなさい」


 レオンス様はポケットから便箋を出すと教師に見せる。


「先ほどの女生徒がフォール嬢宛てに送り付けた手紙です。この件については僕も関係者です。この手紙は我が家に戻り父に見せます」


「わかりました。キミも来なさい」


 私たちは隣の空き教室に入り、教師と向かい合う形で席に座る。


 教師はおもむろに話し始めた。


「先ほどコベール嬢はフォール嬢のせいだと話していたが、君たちが何かしたのか?」


 教師の口調は厳しいままで、明らかに私たちを加害者として見ていた。


「先ず、あの令嬢があのようになった時、僕たちはあの令嬢のそばにいませんでした。それは2組の生徒たちから聞けば分かります。この件に関して端的に申し上げますとフォール嬢は被害者で、あの令嬢が加害者です」


 教師はレオンス様の言葉に眉を顰め、眉間に縦のシワを寄せる。


「あの状態を見て、自分たちが被害者だと言うのは無理があるのではないのか?そばにいなかったとしても君たちがなにもしていないという証明にはならない」


 教師の威圧的な雰囲気に私は息を呑むだけだったが、レオンス様は冷静だった。


「お言葉ですが、僕たちが何かしたというのはコベール嬢の証言だけです。先ほどの様子では彼女はかなり激高していました。落ち着いたら彼女に聞いて下さい、僕たちが具体的に何をしたのかと。おそらく彼女は答えられないでしょう。そして僕はコベール嬢が加害者だと証明ができます」


「ラヴェル君、キミはどうやって証明するというのだ?」


「これから話す事は僕の想像も入ってくるのですが、おそらくコベール嬢は呪いを掛けるギフトを持っていると思います。彼女の能力は物に呪いを掛けて封印をし、それを対象者に開封させる事で成就するものでしょう。フォール嬢は無記名の封筒を受け取っています。同封されていた手紙には僕の事が書かれていたので、呪具として作られた封筒は僕が開封しました。僕にはギフトの簡易的な鑑定と、自分に向けられたギフトを跳ね返す能力があります。あの封筒は僕には呪具に見えたので、僕が開封するのに問題が無いと判断しました」


「だが、あれではやり過ぎではないのか?」


「僕はあれがどの程度強い呪具なのかは開封するまで分かりませんでした。送り主だって学園の生徒だとは思いませんでした。僕はギフト能力を送り主へ返しただけです。僕以外の人間があれを開封していたらその人が被害を受けていたでしょう。そしてコベール嬢は顔が腫れる呪いを送ったと言っていました。これも他の生徒が聞いています。学園内で相手を傷つける目的でギフト能力を行使するのは校則に反するのではありませんか?」


 教師は腕を組んで渋い表情を浮かべながらも黙ってレオンス様の話を聞いていた。


「分かった、ひとまずキミたちの話を信じよう。ラヴェル君はコベール嬢が加害者だと証明が出来ると言っていたが、どれくらいの日数でそれが出来る?」


「僕の叔父は高い鑑定能力のギフトを持っています。今日のうちに呪具を見せればあれがギフト能力を悪用して作られたものだと鑑定ができるでしょう。それと父を通して学園にコベール嬢の書いた文字が分かるものの提出をお願いし、先ほどお見せした手紙の筆跡鑑定を致します。数日で可能だと思います。そしてその結果を踏まえた上でコベール嬢にもう一度話を聞いてみて下さい」


「分かった。キミたちはもう早退しなさい。午後の授業を受けなくてもいい」


 教師は頭痛がすると言わんばかりに額に手を当てていた。


 私はひと言も話す事なく教師からの聞き取りが終わった。一人きりだったらきっと私には何も分からないとしか言えなかっただろう。それにレオンス様が私を探してくれなかったら私はあの封筒をどこかで開封していた。自分がサラさんのような顔になったかと思うと今回の事をとても恐ろしく感じた。

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