第7話 謎の白い封筒
気分が悪いと言い訳をしてあの日私は学園を早退した。そして二日ほど休んでからまた学園に登校する。相談を出来る人はいないし、状況は何も変わっていない。
私と彼はただの同級生で、手紙をやりとりするような関係ではないから、学校を休んだ事も何も伝えていない。同じクラスの誰かに尋ねれば私が体調を崩して休んでいることなんて簡単に分かるのだし、恋人でも婚約者でもないのに手紙なんて送れない。
学園に登校するのが少し怖かったから、私はいつもより少し遅めに登校をする。教室に入ったら、何人かのクラスメイトの女子から気遣うような視線を送られたのが救いだった。幸い私のクラスにいる肉食系女子はサラさんだけだ。
自分の席に座り、鞄の中から授業で使う教本を仕舞おうと思ったら、カサリと机の中に覚えの無い紙が入っている感触があったので、それを取り出してみたら白い封筒が一通入っていた。
宛名も送り主の名前の無いただの白い封筒の中には一枚の便せんとその封筒よりも小さくて白い封筒が一通入っているだけだった。
まず便箋に書かれている文字を確認する為に、私は三つ折りに折られている便箋を開く。
―――この封筒の中にはレオンス・ラヴェルの秘密が書かれている。
便箋にはこの一行だけが書かれていた。
私は便箋を折り畳み、入っていた封筒の中へと再び戻した。
これは悪意のある誰かの悪戯だろう。封筒の中身はきっとレオンス様には他に好きな女性がいるとかそういった内容が書かれているのに違いない。
小さな封筒にはわざわざ封蝋がしっかりと施されており、この中に私への悪意が込められているのかと思うと疲労感を感じ、私は入っていた封筒と一緒に本に挟んだ。
昼食の時間になり、私は鞄から小さなバスケットを取り出す。いつもレオンス様とは食堂前で待ち合わせてからお互いに話して食べる場所を決めていたが、今日は一人で食べたい気分だったので食堂へは行かずに外に出て適当なベンチの上に座る。
そもそも昼食を一緒に食べるのだってちゃんと約束をしている訳ではない。最初のうちはレオン様の方から「また明日も食堂の前で待ってる」と言われたから一緒に食べていただけで、一緒に昼食を食べる事が習慣化してからは口約束すらしていなかった。
家から持参したオムレツサンドをつまみながら私は空を見上げる。雲ひとつない空は澄んでいて美しい。来年私は17歳になる。そろそろ結婚も考えないといけない。自分のギフト能力の事を考えると私は好きになった人と結婚をしない方がいいのかもしれない。
サンドイッチを食べ終わった私は家から持ってきた本を開く。今朝机の中に入れられていた封筒がはらりと足元に落ちたので拾っていたら、誰かが走ってくる音がして後ろから声を掛けられた。
「アネット!……こんなところに、いたのか」
声のした方を振り返ったら、深刻そうな表情を浮かべたレオンス様が立っていた。
息を切らしながら走ってきたレオンス様はいつもの冷静さが消えている様子だったので何故か笑いたくなってしまった。
そんなに真剣な顔をしなくてもいいのに、レオンス様にとっての私は容易く捕まえられる相手なのに。今だって簡単に見つけられてしまった。
汗で少し曇ってしまったらしく、走っていたらしい彼は上がってしまった息を整えながら眼鏡を外してレンズを拭く。
眼鏡をしていない彼を見るのは2度目だった。陽の光の下にある彼の瞳は夕闇で見た時よりもずっと澄んでいて、私なら飽きずにいつまでも見ていられるだろう。彼ほど深く青い瞳の持ち主はいないから、同じ瞳の色の人を探すのは難しいだろうな。
「二日も休んで、体調が悪いのか?それに食堂にも来なかったから探したよ」
レンズを拭き終わった彼はすぐに眼鏡を掛け直す。
「……眼鏡、掛けていない方がステキですよ」
「……え?」
彼の表情に少しだけ陰が差す。彼は眼鏡を掛けている自分の方を気にいっているようだ。
「冗談です。食堂に行かなくてごめんなさい。少し調子が悪かったから今日は一人で食べたかったんです」
「…………」
私たちの間に沈黙が流れる。裏庭で話した時もお互い黙ってしまった事もあったが、あの時はどこか甘酸っぱいものがあった。
「その封筒は?」
レオンス様が厳しい表情で私が持っていた封筒を見る。こんな表情の彼を見るのは初めてだった。
「何でしょうかね?もしかして恋文かもしれませんよ?」
敢えておどけた表情を作って封筒をヒラヒラさせてみる。するとレオンス様が私からサッと封筒を取り上げてしまった。
「あっ!」
「中身を見ても?」
「いいですけれど、ただの悪戯ですよ」
私の返答を聞くとすぐにレオンス様は封筒の中にある便箋に目を通し、封蝋の施された封筒を手にとってじっと見つめる。
「この封筒は開けてもいい?」
「構いませんが、もしかしたら中に刃物かなにか入っているかもしれませんよ」
レオンス様はしばらく封筒を見ていた。何も書かれていない未開封の白い封筒から何を読み取ろうとしているのか。じっくり読むなら便箋の方ではないのかと思うが、私はそんなレオンス様を観察するように見つめる。
レオンス様はさっき掛け直したばかりの眼鏡を外して上着のポケットへ仕舞う。そして慎重な手つきで封蝋を外して開封しようとする。私はそんな彼の瞳をじっと見ていた。
手紙を開封した瞬間、彼の瞳の色が深い青から熟したワインのような濃厚な赤色に変わった。そして彼の瞳は徐々に元の瞳の色に戻っていく。
まるで夕方の空のようだった。
初めて会った時にも彼の瞳の色が同じように赤く輝いていたのを私は思い出していた。
「今のは?」
「……中身は空だ、何も入っていない」
私は封筒の中身の事よりもレオンス様の瞳の色の方が気になってしまい、そちらの方を聞いたのだが彼は封筒の中身の事しか答えてくれなかった。
封筒の中には何も入っておらず、封筒そのものの内側に何か書かれているような様子も無かった。あんなにしっかり封をしておいて何も無かったといのはただの悪戯だろうか。
「これは俺が持っていてもいい?」
そう言いながら彼はベンチの上に置いてある便箋とそれらが入っていた封筒を手にする。
「構いませんが、理由をお聞かせいただけますか?」
「この封筒には呪いがかけられていた。開封したら発動するタイプの呪いだ。術者は分からないが、そいつは呪いを掛けるギフトを持っている」
「呪い、ですか?」
突然呪いなんて言われても、私には呪いを掛けられたような自覚はないし、これまでそういったものとは縁遠く生きてきた。レオンス様の妄想ではないと信じたいけれど、呪われた実感が無い以上、盲信的に信じるのもどうかと思ってしまう。
「俺の家系は代々ギフト能力の研究をしているんだ。伝手もあるから、少し調べればこの封筒に呪いを掛けた相手が分かるかもしれない」
彼の話す内容は私にとっては突拍子も無い事で、突然の話の展開に私は、はいともいいえとも言えなかった。
(ギフトに詳しいのなら、もしかして私の魅了の事も気付いてた?)
家系的に彼がギフトについて詳しいのだったら、出会ったあの時に私が彼に魅了を掛けた事に気付いていたのではないのだろうか?
実感の湧かない他人事のような呪いの事よりも、私は彼が私のギフトを知っているかどうかの方が気がかりだった。
「そ、それでは私の事もお気付きでしたか?」
恐る恐る遠回しに彼に尋ねる。察しの良い彼は私の言葉だけで私の言わんとしている事を理解してくれていた。
「アネットが持っているギフトの事?」
「え、ええ。そうですわ」
「実はあのペンダントは我が家が用意したものなんだ。父は物を媒体にしたギフト封じの能力を持っている。あれと同じものがウチにはいくつかあるからすぐに分かったよ。もしも違うデザインのものが良かったら相談に乗るけれど」
私は立ち上がってレオンス様に深々と頭を下げる。
「ごめんなさいっ!実は、初めてお会いした時にレオンス様に魅了の能力を使ってしまいましたっ」
「ああ、あれは微弱だったからそれほど影響は受けなかったよ。それよりも……」
私が悩んでいた事も大した事も無さそうに答えるレオンス様に私は拍子抜けしてしまった。
「……そろそろ時間だから教室に戻った方がいい」
何かを言いかけ、それを止めたレオンス様は気まずそうな様子で眼鏡を掛け直す。
私はこれまで自分が魅了を掛けてしまった事への罪悪感が彼に対してあったのだが、彼からは気にしていないとあっさり言われてしまった。そしてその事に気を取られ、彼が言い掛けて止めた事にまで頭が回らなかった。
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