第7話

翌朝、登校中。


俺は少しだけ浮かれていた。いや、だいぶ、かも。


 


だって、昨日は人生初の「連絡先ください」だぞ?


しかも女子から!


いや、断ったけど! 断ったけどな!


でもアレは……脈アリってことで、いいんじゃないの?


 


「ふふっ……」


登校中に気づけば笑ってた。


 


「……なに、キモ」


「うおっ!? びっくりした!」


 


いつの間にか、こはくが横に並んでいた。


制服のネクタイ直しながら、冷ややかにこっちを見ている。


 


「なに? 駅前で拾った猫思い出した?」


「いや、別に」


「じゃあなに? 昨日の後輩ちゃんとのやりとり思い出してニヤついてたとか?」


「ちょ、お前エスパーか」


「うわ、マジだったんだ……きっつ」


 


ズバズバ言ういつものこはくだけど、

今日はなんとなく、言葉の端がトゲっぽい。


 


「……なあ、俺、最近ちょっとモテ期来てんじゃね?」


「は?」


 


こはくが本気で呆れた顔した。


 


「1回連絡先聞かれただけでモテ期とか、思考が陰キャこじらせすぎでしょ」


「だって他にも、ノート貸してくれる子とか増えたしさ……」


「貸されてるんじゃなくて、観察されてるんだよ。『あれ? 地味メガネくん、意外とイケメンじゃね?』って」


「……あれ、それって……俺、イケメンってことでよくない?」


「よくない。調子乗るな。顔に出てるぞ、鼻の穴ふくらんでる」


「うわマジか!」


 


笑いながら、俺はその場にしゃがみ込むフリをした。


 


「よし、調子に乗った罰として、今日の放課後はアイス奢ってやるわ」


 


こはくが先に歩き出しながら、チラッと振り返る。


その顔は、いつも通りに見えて、なんとなく――嬉しそうだった。


 


でも。


 


「……ほんとに“モテてる自覚”なんか持ったら、アンタ手に負えないな」


 


その小さな独り言、俺には届かなかった。


 


***


 


放課後。


下駄箱で靴を履いていると、ふいに声をかけられた。


「一ノ瀬先輩!」


 


また、ほのかちゃんだった。


今日も笑顔がまぶしくて、でもどこか“探るような”目をしていた。


 


「昨日は急にすみませんでした」


「いや、俺の方こそ……返事もちゃんとできなくて……」


「あの、先輩が嫌じゃなければ……LINE、交換しませんか?」


 


今日もまた、ほのかちゃんの距離が近い。


 


「えっと……」


どうしよう、って迷ってたその瞬間――


 


「やっほー、中条ちゃーん!」


 


明るい声が後ろから。


もちろん、篠原こはく。


 


「あ、篠原先輩。こんにちは」


「LINEの話? こいつ。地味だけど反応薄いから気ぃつけてね? あんま期待すると傷つくかも」


「えっ……あ、はい……」


 


うわ、今のは露骨に牽制だった。


 


「こ、こはく! 何言ってんの!」


「事実じゃん。あんた、そういうの向いてないよ」


 


そのあともグイグイくるこはくに押され、ほのかちゃんはやんわりと距離を取った。


 


(……え、俺、なんか罪深いことした……?)


 


心の中で土下座したくなった。


 


***


 


帰り道。


「お前さ……ほのかちゃんの前で、あんな言い方しなくても……」


「なにが?」


「“向いてない”とか、“期待すると傷つく”とか……」


「だって向いてないでしょ。自分で自覚ないなら一回ビンタしようか?」


「暴力やめろ」


 


歩調はいつも通り。


でも、沈黙が少しだけ長くなった。


 


「……あんたさ」


不意にこはくが言った。


「“好かれてる”って、わかったらさ。どうするの?」


「え?」


「誰かに。……たとえば、あたしとかに」


 


足が止まる。


空気が、一瞬だけ変わる。


 


「……いや、たとえばの話だよ?」


こはくがすぐにごまかす。


「でも、さ。もし本当に“好き”って言われたら、どうする?」


「……こはくが?」


「“たとえば”って言ってんの」


「……わかんない」


 


たぶん、俺の中でも整理がついてなかった。


でも、たった一言が、こはくの表情を曇らせた。


 


「……そっか。なら、まだ言わなくていいや」


 


そう言って、こはくは早足で先を歩いた。


その背中が、夕焼けに滲んで揺れて見えた。


 


俺は立ち尽くして、しばらく動けなかった。


 


(……なんで、胸がざわつくんだろう)


 


わからない。けど、気になる。


たぶん、それがもう答えに近いってことだけ、なんとなくわかってた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る