心臓と肺

人間の体は呼吸する。

空気を吸って肺に入って酸素を血液に溶かして心臓がそれを全身に送り体中を巡って心臓に戻り、肺が受け取ってまた吐き出す。

少し動くとハァハァする。

すると肺はたくさん空気を吸い込もうとしてどんどん肺を広げる。意識して吐き出そうとしないとどんどん膨らむんじゃないかってくらい膨らむ方が得意な気がする。

リハビリで教えてもらった呼吸法はいっぱい膨らもうとする肺から“たくさん空気を吐き出す”方法だと思う。

たくさん吐き出すことで風船みたいな肺を空っぽにして新鮮な空気をたくさん吸い込めるようにするみたいな感じ。

少し動いてハァハァしてくるとこの呼吸法以外では呼吸できないくらいになる。

ハァハァが落ち着くまでは心臓が頑張っている。

ハァハァしている間はおそらく身体を巡らせる酸素が足りなくなるからその分回数を増やして身体中にどんどん酸素を送る。だから心臓がドクドク波打つのが速くなる。


彼女は心臓に穴が空いていたから健常な人よりも常に心臓はバクバクしていたし、ここ数年は血液中の酸素濃度も保てなかったから鼻から常に酸素を供給していた。

基本的には寝たきりだから身体に負荷になる運動は少ないけど、なにせ彼女はやんちゃだから。

身体の動かせる部分を駆使してぐるぐるしたり移動したりいろんなアクションをおこしてはハァハァしていた。

その度に心臓はドクドクするから抱っこしたり横でなだめるのが重要なぼくの仕事の一つだった。


彼女のリハビリは色々だった。

なにせ“高貴”なお方だからゴキゲンと体調のバラツキがすごいのだ。

酷いときは理学療法士さんを確認してニヤリと笑って全部寝てる時もあった。

そしてそんなときは寝たままマッサージ中心の優雅なリハビリをしてもらう。しっかり時間通りに施術をうけて、理学療法士さんこ帰り際に遊び足りないぞなぜもう帰るのかとじとっとした視線を投げてぶーぶーと怒るんだ。寝てたでしょ君。


動けるときは歩行の訓練もしていた。

力は弱々だけど、支えると立てたし少し足が動いたし、彼女は体を動かすのが大好きだった。

理学療法士さんに支えられ、ノリノリで立ち上がり、いつもと違う景色を楽しそうに眺めていた。

すると突然無表情になりハァハァバクバクになる。

酸素濃度が下がり心臓がそれを補助しようと働き出す。

理学療法士さんはそれを見逃さずまさにゴッドハンドな施術をして彼女が楽になるようにしてくれる。


同じではないし、絶対に彼女の方が何倍何十倍も辛かったのだけど今回の入院でぼく自身が似たような体験ができたので、あの辛さと回復の感じがよくわかった。

苦しくなってはいたけど、存分に楽しい時間を味わえていただろうし、ゴッドハンドな理学療法士さん達にあんなに甘えて懐いていた理由がよくわかった。

リハビリの度に疲れ切ってしまう彼女を見ていて、ただただつらい思いだけをさせていたかもしれないとずっと気になっていたから。

寝ているだけでは味わえない楽しい時間をくれていたゴッドハンドさんたちに心からの感謝を。


そして今のぼくはそんな感じで心肺機能が弱々な状態らしいので、体力をつけるためにリハビリに約40mのお散歩が追加された。 

ウロウロから散歩へ昇格だ。

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