この学校には、殺人犯がいる
水を得た魚
第1話 ?月?日
鳥が忙しなく鳴いている。朝の光がまだ湿った校舎を照らしていた。7月の後半。
高校2年生の九重 湊は、物理室の静けさの中で、深く溜息をついた。
家族のことを思い出す。
湊には双子の兄がいる。九重 朔。
成績優秀で、無口で冷静。感情を表に出すことがなく、まるで人との距離を測るように、いつも一歩引いていた。クラスでは「冷静沈着」と言われていたが、湊にとってはただの孤独に見えた。
一方の湊は、勉強は苦手だが人懐っこく、数人の友人に囲まれていた。「優しく笑顔」——そんなふうに言われることが多かった。
性格も過ごし方もまったく違う2人だったが、いつも一緒にいた。
……あの事件が起こるまでは。
——堺 幹人殺害事件。
被害者:堺 幹人(富崎高校・二年)
五日前、湊と同じクラスで、そこそこ仲の良かった堺が自宅で殺害された。
現場からは血のついた刃物が発見され、事件は他殺と断定。現在も犯人は逃亡中で、警察が捜査を続けている。
「死んだら生き返れない」
消え入りそうな声で、湊はつぶやいた。
堺とは高校で初めて出会い、1年生の時に同じクラスだった。正義感が強く、みんなから愛されていた。
——あの笑顔は、もう二度と見られない。
「湊?」
背後から声がかかった。
同じクラスで仲の良い、水森 磨人(まさと)だった。
「どうした?磨人?」
湊は振り返って声をかける。磨人の顔には、心からの心配が滲んでいた。
「湊、大丈夫? あの事件以来、ほとんど喋ってなかったから心配になって。……まあ、喋ってる人自体、あんまりいないんだけどね」
磨人の言うとおり、教室は異様なほど静かだった。
それはこの教室には二人しかいないからかもしれない。
「ところで磨人、ハンドボールの大会がもうそろそろあったよな」
「そうだよ。もうそろそろ」
磨人は夜遅くまで大会に向けて練習していることを湊は知っている。
磨人の手に巻かれているテーピングが練習の過酷さを物語っていた。
「次こそは全国大会行けるといいな」
「うん。そうだね」
湊と磨人はかなり仲が良い。いつもだったらこんな暗いトーンではなく、アニメや漫画の話で盛り上がっていた。
しかし、その”いつも”も壊れてしまった。
この空気に耐えられなくなったのか磨人が話かけて来た。
「今日は文化祭だね」
磨人は、気遣うような口調で尋ねた。
「そうだね」
湊は素っ気なく答え、会話を打ち切るように再び窓の外を見た。
外は虫が僕達を嘲るように鳴いていた。
「そっか……」
幹人が死んでしまってから誰ひとりとして明るく話す人はいなくなった。
静寂が、教室に重くのしかかる。
そこに、教室のドアが開き一人の大人が入ってきた。
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