第5話 HACK

静寂。

それは、支配の根を断たれた組織にとって、最も忌まわしい状態。


【記録エラー】

識別コード:No.17

生体情報:消失

位置情報:取得不能

通信リンク:断絶


……対象の存在を証明する手段が、すべて失われた。



神守本部・第七観測室。

ホログラムが低いノイズを吐きながら、空間に浮かんでいた。


「……再接続、全系統で失敗。ローカルログも消去されています」

「痕跡だけなら、確かにありました。侵入ログ……ただし、タイムスタンプが“未来”です」


技術者たちの報告に室内は静まり返る


観測責任者の律巳りつみはしばらく黙した後、椅子に腰を下ろす。

指先でパネルに触れると、ホログラムが淡く発光して浮かび上がった。




記録ファイル:AccessLog#17X_BN

送信者:No.17

送信元:不明

タイムスタンプ:2082/04/19 03:12:49

内容:制御遮断/識別コード改変

状態:観測不能

優先フラグ:S(異常重要案件)

書き換え検知:成功(現在系ログの上書き)



誰もが息を呑むなか、律巳は表情を動かさず、記録の文字列を見つめていた。


「……未来の彼が、自分自身を記録から消した。そう読み解くしかないわね」


一拍置き、わずかに口調が揺れる。


「でもこれは……おかしい。このレベルの書き換え、どんな内部権限でも届かない。

……それが、ひとりの個体で?」


指先が無意識に震えそうになるのを、律巳は抑えるように息を吐いた。


「制御される側だった存在が、記録そのものに手を伸ばしてきた……。だったらもう、彼は観測できる存在じゃない」


しばらくの沈黙。

律巳は静かに笑う。


「……気に入らないわね。記録下にいる私たちの方が、後手に回ってるなんて」




神守・記録復元班。

補佐官の二階堂がホログラム群を前に腕を組む。


「未来からの干渉。しかも、過去の本人への直接上書き……?

そんな記録改変、神格級の演算装置でもなきゃ実現できない。……が、事実は残ってる」



「……認めたくはないが、この現在が改変された側となってしまう……。記録を見て動く我々の存在は、記録の外では無力だ。奴がそこに逃げ込んだなら……観測不能は永続する」


二階堂はぼそりと漏らす。


「……気持ち悪いな。誰かの意思でログを外せるなんてことができるなんて」





神守・観測記録室。

律巳が、消失ログを再び呼び出していた。  



【記録終了ログ】

識別コード:No.17

最終観測:2018/08/09 22:45:08

以降の記録:遮断

送信者:No.17(2082年)

記録状態:管理対象外

警告:この存在は記録に存在しません。




ホログラムの光が、彼女の瞳を照らす。


「……記録の外側に立つって、どういう気分なんだろうね」


短く、乾いた笑みをこぼす。


「私たちは、ずっと上から見ているつもりだったのに。……まさか、ログの向こう側に置いていかれるなんて」







【記録不能状態、継続中】

【識別コード:No.17】

【追跡:不可】

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