第19話 演技派の悪党


 イヴの指し示した方向へ進んで行くと、異様な光景が目に飛び込んで来た。


 南東にある一軒の屋敷、その庭には生身の人間が魔物と共にいる。


 魔物に囲まれていて、今にも襲われそうって雰囲気じゃない。


 むしろ、人間側が魔物を従えているように見える。


「あれかな」


 屋根の上から人間を観察すると、魔物と共にいるのは小綺麗な服を着た若い男だ。


 襲って殺したであろう人間の腕を喰らう魔物に対し、両手を広げながら何か言ってやがる。


「……魔王城で見たやつとは違うな」


 若すぎる。


 魔王城で見た男の顔はフードで見えなかったものの、声から察するに歳を取った男だった。


「となると、仲間……。あるいは、捨て駒か?」


 魔王戦争を引き起こした手際と入念な計画を遂行する慎重さ。


 それらを鑑みると、当時見た男が自らの姿を晒すとは思えない。


「少しでも情報が欲しいな」


 ハズレを引いたとしても、黒幕に繋がる情報は欲しい。


 そう考えた俺は直接男と対峙することにした。


 屋根から降り、あたかも走って移動してきたように見せかけて。


「おいおい、雇い主の話と違うじゃないか!」


 敷地内に突入した瞬間、俺は驚く演技をしてみせた。


 すると、男は俺を見ながら首を傾げる。


「おや? 貴方は……。騎士団には見えませんね?」


「……騎士団に雇われた傭兵だよ。貴族を救出しろって言われてきたんだがな」


 死地に足を踏み込んでしまったが決して油断していない。隙があれば逃げ出してやる。


 そんな雰囲気を出しながら、決して敷地内にいる魔物達――六体の魔物から目を離さないように。


「最悪な仕事を引き受けちまったようだ」


 どうだ? 俺の演技は?


 共に戦った仲間の一人、今では大劇場で看板女優をやってる『クレア』から直々に教わった演技は!?


「キヒッ! それはそれは! 運が悪かったですねえ!」


 おーっと! こりゃ主演男優賞も夢じゃないかな?


 あとでバーニから国一番の名男優として勲章貰わねえとな。


 ……しかしよ、こいつの笑い方やばくね?

 

 キヒッ! とか言ってたよな?


 こりゃ楽勝かもな。


「あー、ところで……。ここから逃がしてもらえるわけには……」


「それは難しい問題じゃないですか? 貴方も分かっているでしょう?」


 男はまた独特な笑い声を上げ、被虐的な表情を俺に向けてくる。


 ――なるほど、分かったぞ。


 こいつは自分から女に「俺ってドSなんですよ」とか言っちゃうタイプだ。


 自信たっぷりな顔からは自尊心の高さが窺える。


 要はアホだ。


「そうかい。死ぬ前に聞かせてくれよ。お前はどうして魔物に襲われていないんだ?」


 俺の人間観察は当たっているかな?


 秘密を語るほどアホじゃないかな?


「ふふ……。それは私が彼らを高みへと導いたからさ! 私が進化を促し、従順な女神様の使徒へと変容させてあげたのだ!」


 最高だぜ。


 こいつは自分語りが大好きなお喋りクソ野郎で確定だ。


 そうと分かれば、どんどん聞いてみようじゃないの。


「ま、魔物に変容!?」


 ここはワザとらしいほど驚いた方が効くはずだ。


「ええ、ええ!」


 ほら見ろ、相手は恍惚とした表情で「私の功績を讃えてくださ~い!」って感じだ。


 クレア、お前の演技指導は的確だったぜ!


 人生、何でも教わっておくもんだな!


「人を魔物に変えてしまったのか!?」


「ええ。しかし、その魔物という呼び方はナンセンスですね。彼らは魔物ではありません。女神様に選ばれた使徒です」

 

「使徒?」


「はい。女神様の求める世界を作り上げるため、欲深き思考と人の器を捨てた者達なのです!」


 女神様ね。


 こいつの信じる女神様ってやつは、随分とグロテスクな趣味をお持ちなようで。


「……女神様ってことは、神様にしか使えないって魔法で魔物を作り出したと?」


「魔法、魔法ですか。ある意味、正しいのかもしれませんね」


 そう言った男はポケットから一本の試験管を取り出した。


 中には赤色の液体が入っている。


 ……間違いない。


 あれは魔王城で見たモノと一緒だ。


「これはエヴォリューターと言いましてね。人を更なる高みへ連れてってくれる魔法の薬です」


「魔法の薬、ね」


 ここで俺はピンときたかのような仕草を見せる。


「……騎士団のお偉いさんが屋敷にいるコナーって薬師も確保しろって言ってたが。あんたがそのコナー?」


「いいえ、違いますよ」


 違うのは分かってる。


 となると、こいつがスペンサー。


 周りにいる魔物が元パトロンってわけか。


「コナーはどこに? あんたの周りにいる魔物に喰われちまったか?」


「ある意味、そうかもしれませんね」


 スペンサーは饒舌に語り始めた。


 優秀な薬師を探していた自分が黒魔術信仰組織に潜り込み、そこで見つけたコナーを如何にしてハメたのか。


 コナーの持つ妹への家族愛を利用し、優秀な薬師としての腕を振るわせ、完璧な計画が達成されるまでの過程を。


「彼は本当に憐れだ。今頃は最愛の妹に食べられてしまっているんじゃないかな?」


 スペンサーは大笑いしながら「妹と一緒になれて嬉しいだろうねえ!」と語る。


「黒魔術なんてものがあるはずがないじゃないか! 彼も黒魔術を信仰する馬鹿共も、まやかしの火に魅了された羽虫同然だよ!」


 どんな病気も傷も治してしまう奇跡の霊薬などあるはずがない、とスペンサーは笑う。


「それには同感だ」


 奇跡の薬なんてもんがあるはずない。


 エリクサーが登場するとしたら未来だ。


 今ある技術を着々と積み上げ、そうして出来上がるのが自然の流れってもんさ。


「ところで、そんなベラベラ喋ってもいいのかい? 後悔しない?」


「まさか! 後悔なんてするはずもない! だって、君はここで死ぬんだからね! 冥途の土産ってやつさ!」


「ほっほー! そりゃご愁傷様。楽観的なアホでこっちとしちゃ助かるがね」


「随分と強がるね。もしかして、無事に逃げられる策でもあるのかな?」


 余裕たっぷりに笑うスペンサーが片手を上げると、周囲にいた魔物達が雄叫びを上げて戦闘態勢に入った。


「逃げる? 俺が?」


 俺は彼に剣先を向けながら鼻で笑う。


 じゃあ、どうするんだ? そう言いたいであろうスペンサーへ答えを見せつける。


「こうすんのさ!」


 逃げるのではなく、前へ。


 自ら魔物へと飛び込んで行く。


「なッ!?」


 戦う気だと察したどころか、カマ状に変異した腕を斬り飛ばす俺を見て、スペンサーの表情が驚愕に染まる。


「いいねぇ! その表情が見たかったんだよ、お喋りクソ野郎!」


 腕を斬り飛ばし、続けて両足を一気に斬り飛ばす。


 一体目が地面に倒れたタイミングで左側面からもう一体が突っ込んで来た。


「え、餌だ! お前なんて使徒に喰われるのがオチだ!」


「ハッ! 餌になるのはお前だよ! だが、安心するんだな。俺はとことんお喋りに付き合ってやるよ」


 体をくるんと回転させながら魔物の攻撃を躱し、振り下ろされたカマを横から断ち切る。


「満足するまで情報を吐かせて、それから豚の餌にしてやるぜ」


 タイミングをズラしながら攻撃してきた三体目は胴体を斬りながら脇を抜け、四体目は心臓部分に剣を突き刺す。


 突き刺した剣を素早く抜き、体を蹴りながら後方へ距離を取った。


 ただ、魔物は死なない。


 頭部を破壊していないこともあるが……。


「へぇ。治癒力が高いな」


 剣で攻撃した箇所は既に癒えてしまっている。


 両脚を斬り飛ばした個体は体から噴出した黒い粘液を落ちた四肢に伸ばして繋げ、そのまま何事もなかったかのように再生。


 魔王城で戦った個体よりも明らかに治癒力が高い。


 コナーの妹が変異した時はまだ不完全だったが、あの時も完全変異していたら今と同じ状況だったかも。


 となると、魔王戦争時より魔物化させる液体――エヴォリューターとやらに改良が加えられている?


 今回の事件は改良後の性能を確認することも含まれていたか?


「は、はは! 驚かせやがって! やっぱりお前は餌になるんだ!」


 魔物と対等に戦えていた俺に危機感を覚えていたようだが、スペンサーの顔に余裕が戻ってきた。


 治癒力を上回れない、弱点である頭部を攻撃しないという姿を見て安心したか?


「いやいや、お楽しみはこれからさ」


 俺は剣のガード部分にある球体――淡い赤色に染まりつつある球体を指で撫でた。


 その後も魔物の攻撃を躱しながら剣で攻撃を繰り返し続けるも、魔物は斬ったそばから回復してしまう。


「はははッ! どうだ!? もう喰われた方が楽になれるんじゃないかね!?」


 高笑いを続けるスペンサーだったが、俺も口角を吊り上げながら笑ってみせる。


「ハッ。その顔、また歪ませてやるよ」


 ガードにある球体を再び指で撫でた。


 球体の色は赤だ。


 ――貯まった。


「リリース」


 魔物を斬りつける度に魔力を吸い、十分な魔力をリチャージし終えた剣に命令を下す。


 内部に蓄積された魔力を解放し、魔物殺しの能力を刀身に纏わせて。


「フッ!」


 一番近い魔物へ一足で飛び込み、金色のオーラを纏う刀身で落ちてきたカマを腕ごと斬り飛ばす。


 斬り飛ばした腕から白煙が上がり、地面に転がった腕は再生しない。


 続けて残りの腕も斬り飛ばした後、弱点である頭部を完璧に刎ねた。


 首を刎ねた個体が崩れ落ちる最中、別の個体も突っ込んでくるが、こちらは胴体を横一文字に斬り裂く。


 圧倒的な切れ味の前に胴体と下半身がベチャリと地面に落ち、地面でもがく魔物の頭部に剣を突き刺して破壊する。


「な、なんだそれは!? どういうことだ!? どうして彼らを殺せる!? そ、そんな簡単に!」


「さぁて。どうしてだろうな?」


 ニヤリと笑ってやると、今度はスペンサーの方がハッとなる。


「ま、まさか……。聖剣!? こうも容易く使徒を屠れるなど、聖剣以外に可能性は……!」


 スペンサーの顔がみるみる歪んでいく。


 まるで自分の天敵と対峙した動物のように。


「お、お前は勇者なのか!? 勇者ゼノは死んだはずじゃ!?」


「はっはっはっ! 仮に俺が勇者だったとしても、仲間には伝えられないんじゃないかね?」


 俺は肩を竦めながら言葉を続ける。


「だって、お前は豚の餌になっちまうんだし」


 野郎が言った言葉を聞かせてやりながら、残りの魔物も次々に仕留めていく。


 そうして、残ったのは絶望感たっぷりなスペンサー君のみ。


「さぁて、いよいよ詰みだ」


 後退りし続けて屋敷の外壁に到達したスペンサー。


 ただ、彼は追い込まれながらも強がるように笑った。


 追い込まれた末、どうしようもなくなった人間が見せる悪あがきの顔だ。


「わ、私は……。私は敗者にはならいッ! 私は他の者達とは違い、先生の失敗作にもならないッ!!」


 スペンサーはポケットに手を突っ込む。


「させるかッ!」


 その瞬間、ポケットの中にある試験管を取り出すのだろうと確信した。


 だからこそ、そうはさせまいと彼の腕を刎ねたのだが――


「私は、失敗作じゃない」


 スペンサーは口で咥えた試験管を噛み潰した。


 ガラスの破片が口の中に飛び散っていても尚、赤い液体を飲み込んだのだろう。


 液体を飲んだスペンサーはどうなるのか?


 決まってる。


「ぐ、ぐおおおおおッ!!」


「チッ!」


 魔物化だ。


 もうスペンサーから黒幕の情報を聞きだすことはできないだろう。


 こうなってしまえば、魔物化する前に殺すくらいしか手はない。


「面倒なやつ――」


 剣で首を刎ねようとした瞬間、真っ赤に充血したスペンサーの両目が俺を捉える。


 そして、振るった俺の剣を素早く横へ飛ぶように躱した。


「わ、ワダシは……! ワダジはァァァッ!!」


 スペンサーが吼えると、みるみるその姿が変わっていく。


 体全体が肥大化していき、片腕は通常の三倍から四倍ほど大きく太くなっていく。


 額からは二本の角が生え、首も異様に長くなる。


 その弱点を覆い隠すように黒い粘液が這っていき、最終的には光沢を出す硬そうなアーマーと化す。


 最後は一本の太い尻尾が生え、尻尾の先端はブレード状に変化。大きく開いた口にはびっしりと細かく鋭い歯が生える。


「……こりゃまた随分と醜くなったもんだ」


 先ほどまで戦っていた魔物より見た目はマシだろうか。


 それでも醜いことには変わりないのだが。


『ワタシは、シッパイじゃナイッ!!』


 結果を否定して吼えるスペンサーの姿は確かに異形。


 しかし、他の魔物と違って――赤く充血した瞳に明確な人としての意思と意識が残っていた。

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