第18話 天使降臨


 光の翼を背中から生やし、頭の上に光のリングを輝かせるイヴ。


 彼女は貴族街の中央に飛来し、上空から人間を貪り喰らう魔物達を見下ろしていた。


「周囲の索敵を開始」


 イヴが呟いた瞬間、天使の輪が強い光を放つ。


 この時、イヴの目には建物などの邪魔な物質が透過した状態で見えているだろう。


 その状態で天使の目が検知するのは、付近で人間達を捕食している魔物達だ。


 彼女の目に映る魔物の数は二十。


 赤色のシルエットとして映る魔物は、南東側から縦方向へと散らばっている様子が見られる。


「スターネットと接続。殲滅対象の情報を検索開始」


 天使化したイヴは顔を空へと向けてから目を瞑る。


 その姿は空から降り注ぐ神の光を全身で浴びているような、どこか神々しくもある姿。


 あるいは、聖ハウセル教会の絵画『女神と天使の祝福を受ける聖人』に描かれる、天より降臨した天使だろうか。


「既存情報との照合を開始。……データベース上に類似する形状は無し。戦闘能力、情報無し。感染力、情報無し」


 いくつか言葉を繰り返すと、彼女は下にいた魔物へと視線を向けた。


「新種と断定」


 魔物もイヴに気付いているのか、空を見上げながら威嚇するように声を上げる。


 だが、その恐ろしい声を聞いたイヴの目に恐怖は無い。


 むしろ、汚らしいゴミを見つけたような冷淡な目つきで魔物を見下ろす。


「アンノウンに対する情報収集を開始。想定戦闘能力をウォーリア級に設定」


 イヴは魔物に向かって手を向ける。


 すると、赤い円形魔術式が一瞬で構築される。


 魔術式から飛び出したのは、現代魔術においてどのカテゴリにも属さない謎の魔術。


 赤黒い閃光が稲妻のように発射され、瞬く間に魔物の胴体を貫いた。


 胴体を貫通した赤黒い閃光は地面に到達すると、音を置き去りにして小さなクレーターを作った。


 その後、ようやく破壊音が轟く。


 高威力の魔術を受けた魔物も一瞬で灰へと変わり、魔物が持つ治癒能力なんぞ発揮する暇もなく塵へと変わる。


「……戦闘能力を修正。ウォーリア級からポーン級に変更」


 一撃で魔物を消し飛ばしたイヴが目を瞑っていると、付近にいた魔物達が一斉に空を見上げる。


 まるでイヴの攻撃に惹かれたかのような、あるいはであることに気付いたかのような。


 貪り喰っていた死体を放置し、目の前で怯える生きた人間を無視して、魔物達は一斉にイヴのいる方向へ走りだす。


『ギュアアアアッ!!』


『ギガァァァッ!!』


 イヴに気付いた魔物達が挙げる咆哮の種類も変化した。


 これまでは動物的な威嚇を含む咆哮だったが、イヴを認識した魔物達が挙げる咆哮には本能的な恐怖・怒り・警戒といった色が混ざり合っている。


 天使化したイヴの足元に到達した魔物達は必死に腕を伸ばしながらブレードを振り下ろす。


 飛べない自分達の体に文句を言うような、あるいは空を飛ぶイヴに対しての怒りに満ちた鳴き声が続く。


 ただ、中には少し利口な個体もいたようだ。


 東側から走って来た魔物が屋敷の屋根に登り、屋根伝いに移動してくる。


 そして、トップスピードを維持しながら大きくジャンプ。


『ギュワアアアッ!!』


 鋭利なブレードを振りかぶり、空を飛ぶイヴに攻撃を仕掛けようとするが――


「身体能力、ポーン級以下」


 魔物の攻撃が届く寸前、イヴは赤黒い魔力のブレードを作りだす。


 軽く振った手に連動し、ブレードが魔物の体を真っ二つに斬り裂いた。


 空中で真っ二つになった魔物は一瞬で塵へと変わり、風に攫われて消えてしまった。


「脅威度の測定終了。脅威度はEレベル。神話級兵器であれば単独殲滅が容易に可能と断定」


 足元にたかる魔物達を見下ろし、イヴは両手を広げた。


「人類保護プロトコルに従い、アンノウンの殲滅開始」


 両手で赤黒い円形魔術式を生み出し、稲妻を魔物に向かって連射。


 連射、連射、連射。


 もはや、戦闘にもなっていない。


 ゴミ掃除だ。


 イヴに惹かれて寄って来ていた魔物達、総勢二十体は赤黒い稲妻に貫かれて消失していく。


 人間達よりも数倍身体能力に優れ、人間達が作り出した兵器と生身の状態で対等以上に戦える魔物達。


 人類にとって最大の脅威となっていた魔物達がいとも簡単に殲滅されてしまった。


「……南東側に複数反応アリ」


 ひとまずの殲滅を終えたイヴは顔を上げ、貴族街南東側を見つめる。


 彼女は残りの魔物達も殲滅しようと光の羽を動かそうとした時――


「どこ行く気だッ! クソガキッ!」


 空から屋敷の屋根に落ちてきたのは、目つきの悪い赤髪の男。


 風の魔術を巧みに使いながら着地したヴォルフは、片手で握っていた聖剣ヨルムンガンドの剣先をイヴに向ける。



 ◇ ◇


 

 数分前、俺は騎士団が所有するワイバーンに括り付けられたキャビン内にいた。


「旦那、もうすぐ王都上空ですぜ」


 同じくキャビン内にいるのは騎士団に属するワイバーン調教師の中年男性だ。


「しかし、本当に貴族街の上空に? 騎士団本部にある発着場じゃなくて?」

 

「ああ。貴族街のど真ん中でいい」


 俺が指定地点を口にするも、調教師は「本当にいいのかい?」と首を傾げるばかり。


 ……俺の勘ではもう始まっている。


 騎士団本部に着陸する暇なんざないだろう、と考えていたのだが。


「ありゃなんだ!?」


 貴族街へ繋がる川を渡っている最中、調教師の男性が窓の外を指差した。


 貴族街南東付近の上空に浮かぶのは、見覚えしかない『天使』だ。


「クソッタレめ」


 やっぱり反応してやがった。


 前に村で反応を示した時は一体だけだったが、今回は偽エリクサーの数だけ魔物化した人間がいるはずだ。


 さすがに多数の魔物を感じ取れば、イヴも本能に従って力を覚醒させてしまう。


 いや、覚醒に抗えないと言うべきか。


 魔物に対して反応を示すのが、彼女の存在意義でもあるのだから。


 舌打ちをしている間、俺を乗せたワイバーンは貴族街へと進入する。


「おっちゃん、ここで降りるぜ」


「降りるって!? ここで!? まだ飛んでるけど!?」


 驚くおっちゃんに「知ってるよ」と返しながらもキャビンのドアを開ける。


「送ってくれてありがとな。おっちゃんはすぐに騎士団本部へ逃げなよ」


 開けたドアに背を向けて、俺はおっちゃんに礼を言う。

 

 そして、そのまま後ろに下がり続けて――


「そんなぁ! 旦那、無茶苦茶だ!」


「俺の人生なんざ、生まれた直後から無茶苦茶だぜ! 慣れっこさ!」


 あばよー! と別れの挨拶を叫びつつ、俺は空に身を投げ出す。


 背中に強烈な空気圧を感じつつも、くるりと体を翻して。


「よっと!」


 風の魔術を展開しながら落下速度を落としていき、最後は誰が家主かも分からない屋敷の屋根に着地。


 我ながら完璧に決まったぜ。


 さて、次はお説教タイムだ。


「おい、イヴ! どこ行く気だ、クソガキめ!」


 今にも魔物を殲滅しに行こうとするクソガキを呼び止めると、彼女は俺へ振り返る。


 そして、光の羽を器用に動かしながら近付いてきた。


「マスター。どうしてここに」


「どうしてここに、じゃねえよ! お前こそ何してんだ!」


 何をしているのかは分かっちゃいるがね。


 一応、言っておかないとね。


「マスター達の言う魔物を殲滅していました。新種です。アンノウンです」


「アンノウンだかアンコウだかはどうでもいい。お前は城でリリと夏服選びながら菓子食って待ってる約束だったろう?」


 約束はどうした? と問うも、イヴは表情を変えない。


 いつも通りの無表情。


「服は三十点以上着ました。その後、三種のケーキを五個ずつと十六枚のクッキーを食しました」


 滅茶苦茶着せ替え人形になってたし、滅茶苦茶食ってやがった。


 リリめ、加減なしに可愛がってやがったな。


「その後、アンノウンが出現する反応があったので力を解放しました。マスターだけではなく、人類を保護するのが私の存在意義です」


「そりゃ知ってる。お前と出会った時に何度も聞かされたからな」


 だが、と言いながら俺はイヴの頬をツンツンツンツンと連打する。


「お前は戦わなくて良いと言ったはずだ。お前は一人の人間として生きて、一人の人間として生活するようにと」


 人として生き、人としての喜びを知る。


 人として生き、人間としての生き方を知る。


 これが俺と彼女との約束。


 出会った後、彼女と交わした約束だ。


「約束はしていません」


 だが、イヴは首を振る。


 しかし、俺も負けじと首を振る。


「いいや、したね。お前はクッキー欲しさに頷いた。俺はちゃんと覚えているからな」


 当時の記憶はしっかりと覚えているはずだ。


 初めて口にした砂糖たっぷりクッキーの虜になり、その後も今日に至るまで大好物はクッキーなんだからな。


 だからこそ、イヴは無表情のまま黙り込んでしまう。


「……意味不明です。私を使えば人類の敵を容易く殲滅できるのに」


「ふざけんな。これは俺の戦争だって言ったろ。ガキが出る幕はねえっつーの」


 ふんっと俺は鼻を鳴らしてイヴを拒否する。


「でも――」


「でも、じゃねえ」


 俺はイヴの頭に手を置く。


「いいか? 大人ってのはガキに見栄を張る義務があるんだ。お前が今後も良い子でいたいなら、大人の見栄を無駄にしないことだな」


 そのままイヴの頭を撫でてやると、彼女はまた黙り込んでしまった。


「よし、リリの部屋に戻って菓子食ってろ。俺の分も確保しとけよ? 戦った後は腹が空くからな」


「分かりました」


 コクンと頷いたイヴは南東を指差す。


「向こうにアンノウンの反応が多数あります」


 反応は一か所に固まっている、とイヴは付け加える。


 恐らくそこに今回の事件を引き起こした犯人がいる。


 俺達が追う黒幕か、その仲間がいるはずだ。


「分かった。ほら、戻れ。他のやつらに見られるなよ?」


「はい。マスター」


 イヴはふよふよと少しだけ上昇したところで――


「マスター、部屋の窓をぶち破りました。私は怒られますか?」


「……あとで俺も謝ってやる」


「分かりました、マスター」


 コクンと頷いたイヴはとんでもない速度で急上昇を始め、城に向かって猛スピードで飛んでいく。


「……バーニに教育不足、なんて言われなきゃいいけど」


 子育てってのは難しいね。


 世のお母さん達は偉大だよ。


「さてと」


 子育てに関しては後で話し合うとして――


「悪党をぶっ殺しに行きますか」 


 自然と剣を握る手に力が入る。


 腹の底から湧き上がる力を感じながら、屋根伝いに移動を開始した。

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