(3)殿様の異変とカガミの案
お匙の話を聞かされて、側近たちは頭を悩ませてしまった。
姫君の異変について最も話し合いたい殿様がおかしな様子では、一体誰に話せばいいのやら。
このまま、このことが他藩に洩れれば、これ幸いと侵攻される恐れもある。
側近たちの慌てるのも、もっともな話であった。
「皆の者、落ち着きなされ」
そう言って、側近たちを鎮めたのは、なんと奥方様であった。
「殿のことも姫のことも、お匙から聞きました。
ここで慌てていても、仕方がありませぬ。
わらわが、殿と話してみましょう」
これまで殿様を支えて、あまり表に出ることのなかった奥方様だったから、皆は驚き、その手を煩わせることに恐縮した。
「殿と姫である前に、わらわの夫君と娘であるゆえ。
わらわに任せることに、なんの遠慮があろうことか」
奥方様は、そう言って自ら殿様と話すことになったのである。
ところが、事態はお匙の見立てよりも、奥方様の想像よりも悪かったのである。
奥方様が姫君のことを伝えると、それを聞いた刹那、殿様は気を失ってしまう。
説明するよりも姫君の部屋で見てもらうのが宜しいかと思い、部屋へと連れ出す。
息をしていない姫君の姿を見た刹那、殿様はやはり気を失ってしまう。
どちらも四半時も経たぬうちに、何事もなかったかのように目を覚ます。
そして、都合のよい解釈をしてしまうのである。
「寝過ごしてしまったな」
「昼寝をするとは、昨夜の眠りが浅かったかな」
そういうふうに言って、気を失う前のことは、やはりなかったことになる。
これには、奥方様も驚き、参ってしまった。
ただでさえ、娘を失った悲しみを堪え、必死に気丈に振る舞っていたのである。
もはや、なす術がないように思われた。
ここで立ち上がったのは、カガミであった。
「わたくしに考えがございます。
殿様がこれまで通りにお健やかで、奥方様とこの藩を守っていただけるよう。
最大限に尽力致しますゆえ。
すべてをこのカガミに任せてはいただけませぬでしょうか」
そうカガミが言い切ったので、側近たちは色めき立った。
奥方様付きとはいえ、この藩の生まれでもないおなごひとりに藩の行く末を任せてしまっても良いものか。
側近たちの懸念も、もっともではあった。
その懸念を打ち払うかのように、奥方様の声が場に響いた。
「わらわは、カガミにすべてを任せようと思う。
不満があれば、今、申せ。
カガミ以上にやれる者があれば、代わりに任せても良いゆえ」
手を挙げる者はいなかった。
前代未聞のできごとに対処できると言い切ることは難しい。
「それでは、カガミに任せるとします。
カガミはわらわのお付きゆえ、できぬのならばその首を賭けさせる」
姫君を生んでも衰えを知らない容色の奥方様が言い切るさまは、ある種の凄みを感じさせて、その場にいた側近たちは、少しの怖気とともに頷くことになったのであった。
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