第7話

 ……なんだか気持ちいいなぁ。ふわっふわで、まるで王族が寝てるような上等なベッドの手触り。 スライムとの攻防で冷や汗かいてたのが、まるで嘘みたいだ。


 スライム……スライム……ん?


「うわっ?! ここはどこ!? 俺は誰?!」


 咄嗟に目を覚ますと、俺は何かふわふわした毛に覆われていた。 猫のような犬のような黒くてやわらかい毛……尻尾? いや、これは完全に尻尾だ。

 恐る恐る顔を上げると――


「うむ、目覚めたか、人間よ」


 そこには、とてもスライムじゃ敵わない――いや、人間でも到底敵わないような巨大な獣が横たわっていた。 どうやら俺はあのまま気絶してしまい、その間ずっと守られていたらしい。


「目覚めたなら、エレをとくと拝むがいい!」

「え、エレ? あの……」

「なんだ?」


 すっかり朝日が昇っていた。つまり、俺は丸一日気を失っていたってことか。 この獣は、他の魔物に襲われないよう、俺を匿ってくれていたらしい。


 ……いや待て。生きたまま食べるために守ってたってことじゃないよな?


「俺……まさか、食われたりしませんよね?」

「このエレが、人間如きを喰らうと思うか?!」

「ああっ、ですよね! すみません!! 匿ってくださった恩は必ず返します! どうかお許しを!!」


 黒い尻尾がふさふさと動く。くすぐったくて、くしゃみが出そうになる。


「ハックシュン!!……ええと、そろそろ退散したいなって……」

「何のために一晩中お主を匿っておったか、判っておるか?!」

「ひぃっ!」

「お主……こちらの人間ではないな」

「こちらって……異世界のことですか?」 「そうだ。異世界人が来るのをずっと待っておった」

「へ……?」

「異世界人には二十年前に会ったが、推しキャラを作る前に亡くなってしまってな」

「推しキャラ……」

「恩は何でも返すと言っておったな?」 「はい。できることなら……」


 その巨体を誇る獣は、口角をニヤリと上げて笑ったように見えた。


「お主、絵心はあるか?」


 絵心――その言葉が妙に懐かしく響く。


 実は俺、現代日本ではいわゆる『オタク』だった。 会社帰りに本屋で推しアニメの原作を買ったり、来季の放送ラインナップをチェックしたり、同僚と同人誌を作っていたりしてた。

 でもこっちの世界じゃ、そんな趣味は当然ながらアウトオブ常識。 ちょっと寂しく感じていたんだ。


「絵は……はい、普通の人よりは描けるほうだと思います」

「そうか?! それは好都合だ! ちょうど頼みたいことがある」


 ゴクリ……何を頼まれるんだ?まさか、とんでもない無理難題を押しつけられるんじゃ……


「褐色貧乳ケモミミ娘を所望する!!」

「……は?」

「そうだ。お主の世界には“アニメ”というものがあるだろう?  そのアニメとやらに登場する『けもみみすと』の祥鳳ちゃんが、エレの推しでな。一度コミックとやらを読んでみたのだが、すっかり虜になってしまってな。だが続きがない。二十年前に出会った異世界人に続きを描いてもらっていたのだが、完結する前に亡くなってしまったのでな……」


 ……流暢すぎる人語だと思ったら、なるほど、岸部五郎先生が20年前にこの世界に来ていたのか。 消息不明で告別式までやってたの、俺も朧げながらテレビで見た覚えがある。 つい最近リメイク放送されたばかりで、記憶にも新しい。


「まさか……俺にその『けもみみすと』の続きを描けってことですか?」

「いや、吾郎の作品の続きは吾郎にしか描けんと、吾郎自身が言っていた。だから、エレは祥鳳ちゃんのイラストがあればそれでよい」


 ……アニオタな獣ってどういうことなの異世界?

 けもみみすととか懐かしいなぁ……。 資料があれば描けないこともないけど……そういえば。


「さっき、コミックを読んだっておっしゃってましたけど、その本は今手元にあるんですか?」 漆黒の鬣をなびかせながら、鼻を鳴らして言う。

「あるに決まっておろう。何万回読み返したかわからぬわ」


 ――あるのか!! それ俺も読みたい!!


「どこにあるんですか? 資料さえあれば紙とペンで描けます。俺も読みたいです!!」

「ふむ……お主もけもみみすとのファンか? そのコミックなら、今はフラグネット様の元にある」


 ……フラグネット? どこかで聞いた名前――と思った瞬間、脳内にキーンと甲高い声が響き渡る。


<馬鹿者――!!神聖なる女神フラグネット様を忘れるとは、このうつけが!!  お主に加護とスキルを授けたのは誰と心得る?!>


 ルディの声……久々すぎて忘れてたよ、その設定。

 なんで今になって登場するんですか〜?


<お主、その獣が誰か、知っておるか?>


 誰かって、え、俺が知ってるわけないですよ?


<運命を司る女神フラグネット様の眷属にして、災厄の黒氷狼マーヴェリックであるぞ!>


「えぇぇぇぇ!? マーヴェリックって……主要五カ国を滅ぼしたっていう、あの伝説の?!」

「如何にも。エレは黒氷狼マーヴェリック!」


 災厄――あまりに強すぎて、誰も勝てず、退治の対象ですらなくなった存在。 その名を冠する二つ名は、恐怖と畏敬の象徴。


「お主も、フラグネット様の加護を受けておろう。見ればわかる」 「す、すみません!!そんな偉大な存在だとは知らず、軽口を叩いたうえに見張りまでお願いして……!」


 真相を知った俺は驚愕し、戦慄した。 なんでそんな伝説級の獣がここに……!? 早く立ち去らなきゃ!!


 ……と思っていた矢先、獣がとんでもないことを口にした。


「気に入った! エレを見る者は攻撃するか逃げるばかりなのに、お主は腹が据わっておる。何より、絵が描けるという! エレはお主の眷属となろう。従魔契約を交わしてやる!」


 ……へ? 今、このケモノなんて言った??


名前 袴田恭(ダヤン)

称号 異世界転移者

年齢 28

レベル 6

知力 300

体力 250

魔力 0

紋章術 なし

従属 魔剣ティルフィング

保有スキル 賽の目 アイテムボックス

加護 蔑むものを超える力

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