第3話

ダヤンがパーティーを抜けた翌日。

 彼を追放した寝勇者一行は、新たな荷物持ちを雇おうとしていた。

 剣術も紋章術もできるという、いかにも有能そうな男だ。ダヤンとは雲泥の差――そう思っていた。


「この杖二本と剣三本、それから棍棒。それにナップサックには、一週間分、四人分の食料を詰めて持ってくれ」


 リーダーのカヤックが当然のように言うと、男は眉をひそめて反論した。


「はぁ!? こんなに持てるわけないだろ!? せいぜい杖一本とナップサックが限界だ。それに、こんな量の食料を持ってたら、どうせ腐るに決まってる!」


 その言葉に、カヤックはあきれたように呟いた。


「全部、アイテムボックスに入れときゃいいだけの話だろ」


「そうそう、軽くて済むじゃない」


「そんな常識も知らないの?」


 ズーラ、イザベル、ターシャが、次々に呆れたように口を挟んだ。


 だが、男の返した言葉は、彼らの予想を超えていた。


「アイテムボックス!? あんなもん、一般人が持てるわけないだろ!? 王族ですら持ってないって聞くし、伝説級のスキルじゃないか!」


「はあ? 荷物持ちがアイテムボックス持ってないって何それ?」


「ありえないでしょ。常識ないの?」


「おとぎ話を信じてるのかしらね」


 彼らはまるで噛み合っていない。

 男は怒りに満ちた顔で叫んだ。


「冗談じゃない! そんなもの持ってるやつ、どこにもいない! この話、降りる!」


 前金のコイン袋をカヤックに投げ返し、くるりと背を向けて立ち去った。


「待てって! 自分の荷物を多くしたいだけの芝居だろ!」


「荷物持ちがいないと、旅できないじゃない!」


 仲間たちが騒ぎ立てる。


「旅ができないなら、冒険者なんて辞めちまえ!!」


 男は吐き捨てるように言い残し、その場を去った。


 カヤックは一瞬呆然とし、次いで顔を歪めた。


 ――『アイテムボックスなんて伝説のスキル、あるわけないだろう!』


 その言葉が脳裏で反響する。


 ダヤンは――あの荷物持ちは、確かにそれを持っていた。

 まさか、それが“王族ですら持たない伝説のスキル”だったとは……。


「どうするの、カヤック」


 イザベルが、不安そうに問いかけてくる。


「御伽噺なんてあるはずがない……。あのダヤンですら持っていたんだ。他の荷物持ちを探すまでだ」


 カヤックはそう言い、冒険者ギルドのカウンターへ向かった。

 しかし、待っていたのは予想外の宣告だった。


「カヤックさん。あなた方のパーティは、都合だけで人を解雇したり、無茶な要求を繰り返しているという苦情が来ています」


「なっ……それは向こうが悪いんだ! 俺たちは正当な要求をしてるだけだ!!」


 カヤックが声を荒げると、女性店員は深くため息をついた。


「この通達はギルドとして正式なものです。あなた方のパーティには、今後五年間、新しい人員の雇用を禁じます」


「はぁ!? ふざけんな! ギルマスを呼べ! あんたじゃ話にならん!」


「ギルドマスターはお会いになりません。以上です」


 言い終えると、店員は奥に引っ込んでしまった。


「何が雇えないだと!? クソが!!」


 カヤックが怒声を上げていると、ズーラが遠慮がちに口を開いた。


「なぁ……カヤック。荷物減らさないと、今日の出発も無理だぜ。路銀が、もう残り少ねぇんだ」


「……ちっ、仕方ねえ。イザベル、ターシャ、お前らも自分の杖くらい持て!」


「仕方ないわね……」


「私、これ以上持てないんだけど……杖って重いし……」


 イザベルの不満げな声に、カヤックの苛立ちは頂点に達した。


「いいか、飯はしばらく干し肉だ! Cランクの俺様が、なんでこんな目に……!」


 ズーラは棍棒を肩に担ぎ、女たちもそれぞれの武器を持った。

 カヤックも、剣を一振りだけ携えていた。


「今日の依頼は、ゴブリン集落の討伐だ。甘ったれたこと抜かすなよ!」


 こうして、“偽英雄一行”は、旅へと出発した――。


 道中、森の茂みの奥にゴブリンの集落を発見した。依頼書に記されていた場所だ。

 これを討伐すれば、また“英雄”としての名声が広がる。

 カヤックは狡猾な笑みを浮かべた。


 だが道中、女性陣は文句ばかりだった。

 杖ひとつ満足に持てないのに、紋章術師が務まるのか――内心、苛立ちは募る。


 ゴブリン集落に踏み込むと、敵は容赦なく襲いかかってきた。

 カヤックは剣を振るい、次々とゴブリンを倒していく。


 だが、一体を斬ったとき――


「……なに?」


 斬ったはずのゴブリンが、真っ二つになっていなかった。

 カヤックが剣を見やると、刃は錆びてボロボロだった。


(そういえば……剣の手入れも、全部ダヤンに任せてたっけ……)


 気づいた時には、四方からゴブリンが押し寄せていた。


 ズーラが棍棒を振るっても、敵は次々に復活してくる。

 イザベルが紋章術を放つも、効果はなし。


「な、なんで!? 私の紋章術が効かない……!」


(バカな……まさか、あれはホブゴブリンの群れ!?)


 依頼書に記されていたのは、通常のゴブリン集落のはず。

 だが、カヤックは見誤っていた。


「こ、ここは退却しましょう!」


 ターニャが叫び、逃げ出す。


「バカを言うな! この依頼を失敗したら、俺たちはDランクに降格なんだぞ!?」


「命の方が大事よ!!」


 そう叫び、ターニャは逃げ去った。イザベルも怯えながらそれに続く。


「お、おい! 裏切る気か!?」


 だが、ズーラも黙って後方へ退却していった。


 カヤックは、ついに一人きりになった。


「くそっ……!」


 迫るゴブリンを振り払い、彼もまた、逃げ道を駆け戻っていった。


 こうして、カヤック一行の“討伐失敗”の噂は、ギルドや酒場を中心に、瞬く間に広がった。


 Cランクの冒険者が、Dランクへ降格。

 その失態は、笑い種として冒険者たちの酒の肴となった。


 もともとカヤックに良い印象を持っていた者など、ほとんどいなかった。


 そしてついに、カヤックのパーティは解散。

 スタインウェーの冒険者ギルドから、彼の名は姿を消すこととなった。


名前 袴田恭(ダヤン)

称号 異世界転移者

年齢 28

レベル 6

知力 200

体力 150

魔力 0

紋章術 なし

従属 なし

保有スキル 賽の目 アイテムボックス

加護 蔑むものを超える力

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