カクテルは少し苦かった。

N-8

Series Ⅰ File1:Aperitif

男「…マスター、頼むよ」

マ「かしこまりました」

酔「…どうした、今日はいつもの調子じゃないな、常々の明るさはどうしたい」

男「…言ってくれるな」

マ「はい、だいだいレモンミントでございます」

男「ありがとマスター…」

酔「マスター…こっちにもおかわり」

マ「瓶でよろしいですか?」

酔「もちろん、わかってんねぇ」

マ「何年ここに来てるんですかって話ですよ」

酔「ははっ、ちげぇねえ」

男「…はぁ」

酔「おいおいあんちゃん、しっかりしてくれよ、ため息なんざ似合わねぇぜ?」

男「…振られたんだよ」

酔「えぇ?なんでぃ惚気か!若いっていいねぇ」

男「振られたことが惚気かってんだ!」

マ「まぁまぁ、そんなに怒らず…話してみなさいな」

男「…マスターが言うなら」

酔「おいおい、コレから苦いの拝むなら、この酒は合わねーんだよ」

マ「これはサービスです…付き合ってやろう」

酔「…仕方ねぇ、聞いてやらぁ」

男「長い期間一緒にいたやつがいてな、バディみたいなもんさ。だが、俺が一方的に気持ちを抱いてしまって、先刻言ってきたんだ。多分先方はただのバディだったんだろう…結果は案の定さ…まだ一緒にいる関係は続けてくれるってよ。俺ゃどうすればよかったんかね」

酔「…なるほどな。いい機会を逃しちまったんだな」

男「機会も何も、先方の気持ちの問題だ」

マ「恐らくですが、長くいすぎたんです」

男「…どういうことだ」

マ「3度目の飯、というタイミングがありましてね。サシで3回目の飯を食べに行く時に何かしらアプローチしないと永遠に恋仲にはなれないという迷信みたいなものです」

酔「マスターの言う通り!残念だったな!」

男「…それでも!諦めきれんよ…」

酔「人の格ってのは、場数でしかつかねんだ。場数をこなしてこそ、太くそして深いものが得られるんだ」

マ「経験によって行動の変化を生ませる、それが学習、および成長の根本です。次がありますよ」

男「…ありがとよみんな…俺…!」

カランコロン

マ「いらっしゃいませ、こちらのカウンター席にどうぞ」

女「…あ」

男「…え、なんでここが!」

マ「ご注文は」

女「…グレナデンフィズ」

マ「かしこまりました」

酔「…なぁ、もしかしてよ、お前さんのバディってやつかい」

男「しーっ、うっさいな、わかるだろ?」

女「何しにここにいるの?」

男「え、いや…特には、ただ飲みにきただけだ」

女「そう…そしてそれを飲んでるのね」

男「…ただ気分なだけだ」

女「…それもそうね」

マ「はい、ご注文の品です」

女「ありがとうマスター、…相変わらず美味いわね」

マ「ははっ、お褒めに預かり光栄ですよ…」

男「…常連だったのか?」

女「えぇ、あなたに紹介されてからはずっと来てる。そこの酔っ払いも知り合いよ」

酔「酔っ払いとはなに失礼な!まあ、合ってるがね、嬢さん」

女「いつも言うけど、口説いても無駄よ」

男「……え?」

女「ここに来ると必ず、世迷言みたく私を堕とそうとしてるの」

酔「情熱的の間違いだ!」

女「詩的なお誘いは苦手でしてよ」

男「…」

女「そして?」

男「ぇ?」

女「アルコールで忘れようと?」

男「そういうことならすぐにでもテキーラですよ」

女「…噛みしめてるの?」

男「それも何か違うでしょうよ」

女「…はぁ、全く、何を言い出すかと思ったら、いきなりそんなこと言うんだもの」

男「悪かったよ。演じることには長けてる、これまで通りには見られるだろう」

女「そう……期待してる」

酔「…ふふ」

女「どうした酔っ払い」

酔「いやぁ?断る理由がよくわかんねぇなと思ってよ」

女「……」

酔「俺の情熱的なラブコールはいいとしても、バディの一世一代の告白すらも退けるたぁ、よっぽど何かあると伺える。なにがあんでぇい」

男「まぁまぁ、深く踏み込まないほうがいいですよ…」

女「……さぁ、ここでは言えないね」

マ「そうですか?言ってもいいのでは?」

女「マスター?やめてよね?」

男「知ってるんか?マスター」

マ「相談された身ですからね」

女「ちょ、マスタぁ」

男「へぇ、好きな人がいるんですね」

女「ぇ、いや、それは」

酔「ちょいちょい、今度は甘いの来るのかい?」

マ「先ほどのサービスのもので十分ですよ」

女「……まぁ、いつかはあなたに言おうと思ってたからね…いい機会だ」

男「…」

女「私ね、許婚相手が行方不明なんだ。親がすでにそれ以外は禁止していてね、私自身交友があった人だからそのまま身を固めようと思ってたんだ。けど、いきなりその人は消えた。死んだとかじゃない、行方不明だ。相手方の親族ふくめ全員蒸発した。捜索願不受理届も出ていて打つ手無し、だからたまに出張先でいなかったのよ、色々探すためにね」

男「……」

酔「…ほう、そんなことがねぇ」

マ「私自身、この話を聞いてからたびたび情報を集めてはいるのですが…なんとも」

女「マスターには感謝してるよ、ありがとう」

酔「こんな綺麗な人を置いてどこに行ったんや!薄情モンめ…会えたら引っ叩いて…!」

女「暴力はだめよ、酔っ払いさん…だから、ごめんなさいね、私はあなたとは…」

男「…」

女「にしても、本当にあなたはあの人に似ていい人よ…きっとこの先、いい子と出会うわ」

男「…」

酔「…おーい、アンタさっきから黙り込んじまって、どうしたんだい」

男「…マスター、アレを持ってきてくれ」

マ「…アレですか…わかりました」

酔「どうしたんだい?」

マ「お待たせしました、ギムレットです」

女「…やはり忘れるの?」

男「まぁ、そこまでいい話があって、私がどうこうできることはないのでね…とりあえず、告白したことは忘れようかなと」

女「……」

酔「おまえさん、それだとさっきの話も忘れないかい?」

男「なに、いつか話そうとしていたと言っていたろう?少なからず、ここじゃなくとも未来で聞ける。なので、これでいいんです」

女「…」

酔「…(小声)マスター、俺ゃ帰るぞ」

マ「そうですか、お会計は」

酔「…とりあえずツケといてくれ。あの二人の分も、俺が払っちまいたいしな」

マ「……かしこまりました、ではまた明日」

酔「じゃ、お二人さん、俺はここいらで」

男「そうか、悪いな今日は」

女「私も、すまないな、こんなしんみりした酒で」

酔「いいってことよ、うぃじゃ」

マ「ご来店、ありがとうございました」

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カクテルは少し苦かった。 N-8 @n-8_f-island

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