事の発端

寧依

退屈をしのぐための僅かな悪事について


霜柱を踏みつけて足跡を残してまわる


冬の朝冷たさに音が吸い込まれていくのが

たまらなく好き


肺が凍えるようだけれど吐く息は案外あたたかい


結局私も生きた人間なのだわ


途端皮膚の下が生々しく感じる


快と不快をいったりきたり


さて


鬼の形相で何とかという教師がすっ飛んでくる


芝生には立ち入り禁止なのだ


何か話しているような気がするが

大きなだみ声を理解するのは難しい


もう一人教師が歩いてくる

ゆったりゆっくり慎重に

私が


霜柱


と指差すと


にこにこして

もう冬だねえ


と言った


鬼は何やら憤慨して

次の子供の所へ走っていった


残った一人は

ゆっくりゆったり慎重に


寒いねえ


と言った


私の同意を待って


教室に行こうか

と誘った


私の同意を再び待って

ゆっくりゆったり慎重に歩き出す


先生は私に細心の注意を払う


決して怒鳴らず決して笑顔を崩さない

いつだってゆっくりゆったり慎重に

私に接するのだ


他の子供にするように砕けた態度は決してとらない


それが少しさみしい


優しい人は遠い


きちんと遠くにいるから

彼らは人に優しくできる


それとも反対に

私に組み込まれたシステムが

優しい人を遠くへやろうとするだけなのかも


厄介な生きざまを

ままならない人生を


優しい人に見つからないように


分厚い殻で覆っているだけなのかもしれない


なんて何だか善人ぶった所で意味はなく

単に手のかかる子供なだけなのだ


ごめんなさいね、先生


付かず離れずの位置で私の歩幅に合わせて歩く人の

優しさがかなしい

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