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 「先生方、今日の四時から教職員向けパソコン研修があります。今後ですね、学校内で使われる文書や書類は大部分がパソコン上でやりとりされることになりますので、全教職員方が受講必須です。研修は既に昨日も行いました。今日行われると、その次は来週の月曜日で最後となります。まだ受講されていない先生方は各自スケジュール調整をなさって頂いて、必ずどれか一日は受講して下さい。よろしくお願いします」

 長谷川は同い年の教頭の席から一番離れた席に座っていたので、あまりよく通らない教頭の声をはっきりと聞き取ることができなかった。つるつるの頭を指の腹でこすっては教頭に見えないようにあくびをした。

 机の上に置かれた、本と書類を重ねた山の一番下を長谷川は見た。ノートパソコンが置いてある。一週間前に支給されてから一度も開いていない。座ったまま、ノートパソコンの上に置かれた本と書類の山を持ち上げて床に置いた。引き出しを開けると、今年で一歳になる孫の陽菜の写真が一枚入っていた。

「あと半年か。そうすりゃ毎日朝から晩まで陽菜と一緒だな」

 出世競争では教頭に敗れはしたが、そんなことは長谷川にとってはどうでもよかった。陽菜が産まれた頃、それは決意から確信に変わった。陽菜の写真を見ると引き出しの中の角に置き、マウスと電源アダプタを取り出した。それらをパソコンとつなぎ、ディスプレイを開いた。あとは電源ボタンを押すだけだ。

 講習は三回あって今日が二回目となる。面倒なことはできれば早く終わらせておきたい。

「あーあ。それにしても一体、これを使って何がどうなるっていうんだ。さっぱりわからんな」

「失礼します!」

 職員室の入り口からよく通る声が聞こえた。大柄な男と小柄な男が大きな荷物を持って入ってきた。二人ともまだ若く、仕立てのいい黒いスーツを着ている。

「あいつと同じぐらいか……」

 長谷川は彼らの方を振り向くと、自分の息子の姿と彼らの姿を頭の中で比べた。

 二人の若者は職員室の真ん中に来ると荷物を下ろし、スクリーンを立てたり、プロジェクターを設置する作業に取り掛かった。作業はてきぱきと進んだ。

「今日の研修のテキストです」

 長谷川の背後で声がした。

「あっ、ありがとう」

 小柄な男が配るテキストを長谷川は受け取った。よく見ると、小柄な男は汗びっしょりだった。荷物がそんなに重かったのだろうか。テキストを配って回る彼の後ろ姿を見ると、右足をわずかに引きずっていることに長谷川は気づいた。

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