第18話 炎上系配信者との邂逅
爆音。轟音。
空気が焼けて、灰が宙に舞った。
それから、しん、と冷たい沈黙があたりを包む。
辺り一面、炎が弾けた跡には黒ずんだ灰が積もっている。
モンスターより、人のほうが怖い——そう思った。
目の前の篝は、直接的にしろ間接的にしろ、人の命を奪うことに一ミリの迷いもない。
これは"戦い"じゃない。
身を守るためじゃない。ただ、こちらを焼き尽くすための"攻撃"だ。
炎を使ってるのに、寒い。
篝の目は、氷のように冷えきっていた。わたしたちを睨みつける視線も、息が止まるくらい無慈悲で。
「何度もかわすってことは、まぐれじゃなかったみたいだね」
嘲るように笑いながら、篝が言った。
「ほめてくださるんですか? ありがとうございます」
わたしが礼を言うと、篝の無表情がわずかに揺らぐ。
「はっ」
鼻で笑って、今度は喉の奥から笑いが噴き出した。
アハハハ、と、ダンジョンに甲高い声が響く。
「……なんですか?」
「いや、傑作だなって。素人だとは思っていたけど、まさかここまでとは」
声が急に途切れた。
ふいに、感情を捨てたような真っ赤な瞳が、まっすぐわたしを射抜いてくる。
「探索者気取りで呑気に遊んでるつもり? Saku、お前もだ。目障りなんだよ」
背後のドローンのライトは点灯している。カメラが動いている証拠だ。
篝の配信が始まっている。
ここはもう、彼女の“ステージ”だ。
……まずい。
「こっちはさ、努力して、泥すすって、血反吐はいてやってんだ。それを、友達ごっこで土足で踏み込んで来て……怒らないわけないでしょ? 失礼だとか、恥ずかしいとか、思わない訳?」
始まった。
篝の十八番——攻撃と口撃のコンボ。
相手の善意に漬け込み、言葉巧みにメンタルを削っていく。
反論すれば、それをまた餌にされる。最悪の相手だ。
「朔ちゃん、無視していこう。関わる必要ない」
「……ワ、ワタシ、は……」
朔ちゃんが頭を抱えて、ふらついた。
足元がおぼつかなくなって、そのまましゃがみ込んでしまう。
「……ワタシ、ワタシ……」
「朔ちゃん!?」
「どうやら、Sakuには……思い当たるフシがあるみたいだねぇ」
——その一言に、カッと頭に血が上った。
反応しちゃいけなかった。
気づいた時には、わたしの視線が篝を鋭く睨んでいた。
「おおぉ、怖い怖い。ツテで人気になってる人って、ちょっと刺激するとすぐ怒るから扱いに困るんだよねぇ? そんな奴が探索者だなんて、同業者としてほんと迷惑なんだけど?」
——きっと、狙い通りのコメントが流れてるんだろう。
配信には、わたしたちを悪く言う言葉が、もう溢れはじめてるに違いない。
「お、お義姉ちゃん……わ、ワタシ、やっぱり……ワタシが……」
「大丈夫。朔ちゃんのせいじゃないよ。迷惑なんて、思ってない」
返事はない。
朔ちゃんは、ただ地面の一点を見つめたまま、動かなかった。
わたしは静かに目線を合わせて、そっと背中をさする。
震えてる。まるで、冷たいプールに長く浸かった後みたいに。
唇も青い。限界だ。
返事も待たず、わたしは朔ちゃんの体を抱き上げた。
——逃げなきゃ。
炎の軌道はもう把握した。
あんなにも自信満々な篝が、煽りに徹しているってことは——いける。逃げられる。
「逃げるんですかー?」
遠ざかる背後から、わざとらしい声が追いかけてくる。
わたしは、その言葉を無視して、ただ、走った。
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