第17話 親密度上昇中

 なんだか――朔ちゃんが、かわいくなった。


 ……いや、この言い方だと語弊があるな。


 朔ちゃんは、もともとかわいかった。でも、最近の朔ちゃんは、なんというか……以前の100倍くらい、かわいい気がする。


 別に、短期間で姉バカをこじらせたとか、そういうのじゃない……と思う。

 うまく言葉にできないけど、いつからか、わたしの前でよく笑うようになってくれた。


「えへへ」って、まるで初対面のときみたいに照れながら、笑ってくれる。


 その笑顔が、いとおしくて、いとおしくて――

 見るたびに胸がぎゅうっと苦しくなる。


 これ、配信直後とかに見せられたら……ギャップで脳が焼ける。


「や、やっぱり……同じ趣味を持つようになると、共通の話題ができるし、話しやすくなるのかな」


「うん、かな。でも、一番は……前より一緒にいられるようになったから、だと思う」


 ダンジョンの中で、ふと聞いてみたら――頬を赤くして、視線を泳がせながらも、そんなうれしいことを言ってくれた。


 ここ最近、朔ちゃんは前よりずっと率直になってくれてる気がする。

 それが嬉しくて、かわいくて、ますます「好き」が止まらない。


 ……ねえ、目の前でこうやって話していい時間に制限ないとか、これ、法に触れない? 大丈夫?


「お義姉ちゃんは? ワタシと、その……話しやすい?」


 不安げに上目遣いで聞いてくる朔ちゃんに、わたしは思わずほほえんでしまう。


「もちろん。朔ちゃんが話してくれるから、わたしも話しやすいよ」


「……よかった」


 安心したように笑うその顔を見たら、わたしも自然と素直になりたくなってしまう。


 重いかもしれない。でも、なるべく隠し事はしたくない。


「本音を言うとね。わたし、ずっと誰かが助けてくれたらいいなって、願ってたの。で、朔ちゃんが義妹になって、朔ちゃんが助けてくれた――って、そう思った。その、渡辺さんの件。だから、このまま頼り続けるんだろうなって。でも、気づいたら、わたしの方が助けたいって思うようになってた」


 少しずつ不安になって、途中から早口になってしまった言葉。

 それでも朔ちゃんは否定せず、ふるふると首を横に振った。


「そんなことない。ワタシ、嬉しい」


 いつかのわたしのように、今度は朔ちゃんの方からそっと手を取ってくる。

 まっすぐな目で、言ってくれた。


「ワタシ、お義姉ちゃんは“誰かを助けたい”って気持ちで動いてるんだと思ってた。誰にも優しいから、だから、利用されてるんじゃないかって……でも、そうじゃなかったんだね」


「わたしなんて、ただの普通の人間だよ。弱いし、ヘタレだし」


「そんなことない。お義姉ちゃんは、もともと強い。ワタシより、ずっと」


 朔ちゃんの手に、ぎゅっと力がこもる。


 こんなふうに、まっすぐ気持ちを伝えてくれるのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 わたしの方が、思わず視線をそらしてしまった。


 自分より強いと思ってた相手に、「強い」って言われるなんて――。


 いやいや、今だってわたしの方が劣ってるはずなのに。

 でも、朔ちゃんの言葉が嘘とかお世辞には、どうしても聞こえなかった。


「でもね、お義姉ちゃんの気持ち、聞けてよかった。ワタシ……焦るの、やめられそう」


「焦り?」


「うん。“お義姉ちゃんを頼らないようにしなきゃ”って焦り」


 ――どうしてそんなことを?

 でも、思い当たる節はある。

 甘えたり、人を頼ったりするのが人一倍苦手なんだって、わたしに対して甘えることさえ苦手な様子だった。


 あのときから少しして、朔ちゃんが素直に話してくれるようになった気がする。


 ふと見れば、以前より肩の力が抜けたような表情になっていて、学校で見た、あの挙動不審な感じもだいぶ落ち着いてきた。


 まるで、最初から家族だったみたいに――自然に、わたしの隣にいてくれる。


 そのせいで、前みたいに配信で画面越しに見てるだけのときよりも、顔を見たらつい笑っちゃうし。

 胸がわくわく……いや、ドキドキ、している。


 それって、普通の家族とは違うよね……?


 ……でも、ファンなんだし、同じ家で暮らしてるわけだし、今の距離感だっておかしくない、よね?


 自分にそう言い聞かせるように、わたしは目の前の敵に剣を振るった。


 ちょうどモンスターを倒して、一息ついたところで――


「Bランク上層にも、慣れてきた?」


 朔ちゃんの声に、びくりと肩が跳ねた。

 えっ、今の心の声、読まれてた……?


 ごまかすように息を整えるフリをして、わたしはこくんとうなずく。


「朔ちゃんのおかげだよ。隣に立っていてくれてるから、わたし、余裕ができて色々吸収できるようになったんだ」


「えへへ、そうかな……?」


 朔ちゃんの照れ顔を視界におさめたその瞬間――熱を感じて、わたしは咄嗟に振り返った。


 くすんだ炎の玉が、ゆらゆらと――いや、こちらに向かって飛んできている。


「朔ちゃんっ!」


 思わず体を投げ出して、朔ちゃんを押し倒すように庇ったその直後。

 熱の塊が、わたしの背中をかすめて通過していった。


「お義姉ちゃん!?」


 朔ちゃんの声をかき消すように、壁に直撃した炎が轟音を鳴らし、ダンジョン全体がグラグラと揺れる。


 当たった壁には、クレーターのような穴が開き、大量の灰がどさっと床に降ってきた。


「へぇ。素人の背中を狙ったつもりだったんだけど、外したか」


 冷たく乾いた声が、ダンジョンに響く。


 ぞくりと寒気が背を走る。――人に狙われた。


 カツ、カツ、カツ――足音が近づいてくる。


 ロングヘア。その髪は頭頂部が灰色で、毛先に向かうにつれて黒く染まっていくグラデーション。

 黒い革のコートをひるがえし、背後には無機質な配信用ドローンがぷかぷかと浮いている。

 鋭い赤い瞳が、わたしを射抜くように見つめていた。


 炎上系配信者――かがり


 悪名高い、有名人だ。

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