第12話 旅の仲間と新たな地平

 港町カルナスの朝、海鳥が空を舞い朝日が波にキラキラと反射する。


 バージッド・ラ・コスタ――バスタは、港の外れの桟橋に立ち、深淵でのリズの試練を乗り越えたばかりだ。 


 肩に小さな傷が疼くが、赤毛を風になびかせ、剣を腰に下げた姿は不屈の意志に満ちている。


 左目のモノクルが脈打ち、フルカスの老執事のような声が頭に響く。


「若様、リズの試練を見事に突破いたしましたな。ガープの万年筆を破壊し、ブエルの隷属を一つ減らしました。次のレガリア、砂漠の遺跡に向かう前に、もう一泊ほど休息はいかがです?」


 バスタは海を見やり、唇を曲げる。


(リズ、3年後の満月を待ってるだと? 俺は一秒も無駄にしねえ)


「休息? リズが待ってるなら、俺は突っ走るだけだ。フルカス、砂漠の気配はどうだ?」


「ふむ、遺跡の気配は強い。だが、若様、妙なことが…深淵で破壊したガープの気配が、微かに残っておりますな」


 バスタは眉をひそめ、桟橋の先に目をやる。


 波が打ち寄せる石壁の間、木箱の陰に小さな影が動く。


 フェレットほどの小さなイタチ、青い目がバスタを捉える。


 ガープの念話が、弱々しく、だが皮肉っぽく響く。


「くく…若造…俺のレガリア、よくも壊しやがったな…! リズの隷属の鎖から逃れたが、このザマだ…」


 バスタは剣を構え、驚きを隠せない。


「ガープ!? てめえ、なんでまだ生きてんだ!? リズの隷属じゃなかったのか!?」


 フルカスが冷静に補足する。


「若様、驚くのも無理はございません。ガープの万年筆は破壊され、ブエルの隷属から解放されました。だが、奴の意志はイタチに宿り、弱体化してこの姿に。念話は残るものの、力はほぼ失われておりますな」


 ガープの念話が不満げに唸る。


「くく…情けねえ話だ…リズの命令で動いてたが、万年筆が壊れて自由…いや、こんなちっぽけな体じゃ自由もクソもねえ…!」


 バスタは剣を下ろし、イタチを睨む。


(ガープ…敵だったけど、リズに操られてただけか。なんか、哀れだな)


 少年は一瞬、燃えた村と失った幼馴染を思い出し、胸が締め付けられる。


 だが、すぐにニヤリと笑う。


「フルカス、こいつどうなる? またレガリア作って暴れんのか?」


「ふむ、ガープの意志は弱り、新たなレガリアを作る力はございません。せいぜい、念話で喋る小さな獣。…若様、放置しますか? それとも…」


 バスタはイタチを見てひらめく。


「放置? ハッ、面白そうじゃん。ガープ、お前、俺の旅についてこい。ペット枠ってとこか。文句あんのか?おん?」


 ガープの念話が憤慨する。


「ペット!? ふざけるな、若造! 俺はソロモン72柱の…くそ、こんな体じゃ逆らえねえ…ちくしょう、好きにしろ!」


 フルカスがくすくす笑う。


「ほほ、若様、ガープを従えるとは大胆ですな。念話は偵察や情報収集に役立つやもしれません」


 バスタは小さなイタチを肩に乗せ、港の桟橋を歩く。


 ガープが念話でぼやく。


「くく…屈辱だ…だが、若造、俺をこき使うなら、せめてまともな飯を…」


 その時、元気な声が桟橋に響く。


「お兄さーん! イタチ、連れてくの!? めっちゃかっこいい!」


 振り返ると、ミナが走ってくる。


 ボサボサの茶髪、煤けた頬に輝く笑顔。手に魚の干物を握り、継ぎ接ぎの服が潮風に揺れる。


 バスタは驚く。


「ミナ!? なんでここに!? 昨日、市場で別れただろ!」


 ミナは少し照れ、魚の干物を振りながら言う。


「うん、別れたけど…バスタ見てたら、なんか思い出しちゃって。アタシの兄貴、漁に出て帰らなかったんだけど、バスタの赤い髪とか、冒険する姿、ちょっと似てるの。だから…やっぱりついてきたい! イタチのお世話もしたいし、冒険、楽しそう!」


(兄貴…? ミナも家族を失ってるのか…)


 バスタは一瞬、燃えた村の記憶がよぎり、目を細める。


 だが、ミナの笑顔に引き戻される。


「フルカス、ミナ連れてくのどう思う?」


 フルカスが穏やかに答える。


「ふむ、若様、ミナ殿は港町の知識を持ち、明るさは旅の癒しに。ガープのお世話も任せれば、若様は戦いに集中できますな。ただし、危険な戦いには近づけぬようご注意を」



 ミナはバスタの肩のイタチをじっと見つめ、首を傾げる。


「ねえ、ガープって、ただのイタチじゃないよね? なんか、目がキラキラして…普通の動物より賢そう! バスタ、こいつ何者なの?」


 ガープの念話が不満げに響く。


「くく…ガキ、余計な勘繰りすんじゃねえ! 俺はただの…ちっ、ソロモン72柱の残骸だ。見ず知らずの小娘に世話されるなんて、プライドがズタズタだぜ…」


 ミナは目を丸くし、手を叩く。


「うわっ! なんか、頭の中で声がした気がした! ガープ、喋った!? バスタ、こいつめっちゃ面白い! 絶対世話する!」


 ガープが唸る。


「くそ…ガキ、俺の声を聞くほどじゃねえはずだ。だが、妙に鋭いな…! 魚の干物、もっとよこせ!」


 ミナは笑い、干物をガープに差し出す。


 イタチが渋々咥え、ガープの念話がぼやく。


「…くそ、うまい…ガキ、悪くねえが、俺をペット扱いすんじゃねえぞ!」


 バスタは笑い、ミナに言う。


「ミナ、お前、ガープの声は聞こえねえんだろ? でも、鋭いな。いいぜ、一緒に来い。けど、戦いは俺がやる。ガープの世話と、町の案内、頼んだぞ」


 ミナは飛び跳ね、拳を上げる。


「やった! バスタ、ガープ、最高の冒険しようね! 砂漠の遺跡、行くんでしょ? アタシ、荷物持つよ! ガープ、魚もっと食べる?」


 ガープが念話で渋々答える。


「くく…ガキ、魚は悪くねえ。だが、俺をこき使うなら、せめて新鮮なやつを…」


 フルカスが満足げに言う。


「ほほ、若様、賑やかな旅になりましたな。バスタ、わたくしフルカス、ガープ、ミナ…悪魔の王への道、良い仲間を得ました」


 旅立ちと新たな地平バスタは港の地平線を見やる。


 朝日が海を黄金に染め、遠くの砂漠の影が霞む。


(復讐から始まった旅…リズ、組織、3年後の満月。俺は王になる。こいつらと一緒に)


 胸に燃える野心が、ミナの笑顔やガープのぼやきで少し温かく感じる。


「フルカス、砂漠の遺跡について何か分かったか?」


「若様、気配は強大。アスタロトの名を冠する大国、その影響下のレガリアの可能性。隕鉄の大剣の伝説に連なる力…準備が必要ですな」


 ガープの念話が響く。


「くく…アスタロトか。俺も昔、あいつのレガリヤ使いにボコられた記憶が…若造、気をつけろよ。こんな俺でも、昔は一目置かれてたんだぜ」


 ミナがガープを撫で、笑う。


「ガープ、昔話やめて! バスタ、どんな敵でもやっつけて! アタシ、ガープと応援する!」


 バスタは剣を握り、ニヤリと笑う。


「当たり前だ。フルカス、ガープ、ミナ、行くぞ。次のレガリア、俺が手に入れる!」


 港町カルナスの桟橋を離れ、仲間たちは砂漠へ向かう。


 ミナが小さな荷袋を背負い、ガープがバスタの肩で魚を咥える。


 海風が背を押し、第1章が幕を閉じる。


 第2章、アスタロトの影がバスタと新たな仲間たちを待つ。


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